テーマ:アメリカ

【海外旅行】1966~7年米国駐在記(16/16)

 帰路は、サンフランシスコ、ホノルルでそれぞれ1日ずつの休暇をとり、特にハワイでは充分アメリカ最後の夜を楽しむことができた。私は空港近くのホテルで泊ることにしてあったが、夜ワイキキ海岸までタクシーで出かけ、有名なロイヤル・ハワイアンホテルで夕食をとることにした。ホテルの中庭(海浜)で野外パーテイが聞かれているので、受付できいてみると一人…
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(15/16)

 今回の旅行の目的であるフォード社のベアリング工場では、生産技術部長が出迎えてくれて、2~3年前に出来たご自慢の自動化工場を材料から出荷までのラインを見せてもらう。用意していった質問事項についていろいろディスカッションしたが、彼は日本にも2~3度来たことがあり、日本をうらやましいという。  注)ベアリングとはボールベアリングの略称…
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(14/16)

 翌日は日曜日なので、朝一番の観光バスで旧市内見物に出かけたが、サンファン.はスペイン時代、海からの襲撃に備えた砦のあったところで、今も一部にはその時代の古めかしい物や、青色の敷石の道がそのまま残っている美しい街である。  午後はレンタカーを借りて、この島を横断する計画をたてる。カリブ海を見たいのである。ところが問い合わせるとハー…
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(13/16)

 3月中旬、私はプエルトリコへ旅行した。アメリカ本土では、ベアリング工場の見学が許されずプエルトリコならというので、思いきってカリプの海へ飛んだのである。ちょうどその時期は、クリスマス、感謝祭と共に三大祝日の一つであるイースターに当っていたので、フロリダ州マイアミ経由は、すべて満員のため仕方なくニューヨーク経由にした。  ところが…
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(12/16)

 ニューヨークは定説通り、あらゆる人種の集団の街である。私は、大晦日の夜、有名なタイムズスクエアの群衆の中に混じっていたが、日本人らしい顔もかなりいるのだが、言葉をきいてみないことには日本人かどうか、見分けられない程の雑多ぶりである。  ところで、タイムズスクエアといっても、別段どうといった場所でもない、7番街にななめにブロードウ…
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(11/16)

 さて私は、29日いよいよ出発という前夜、早めにベッドに入ってひと寝入りした頃、東京から電話がかかってきた。家内からで新聞で報道されているところでは、元旦の午前0時頃(日本時間)NHKの宇宙中継で、ニューヨークのロックフエラセ ンター付近がうつるらしいから、その辺をウロウロしていたら、ひょっとしたら、画面に入るかもしれないというのである…
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(10/16)

 12月に入るとデパートや商店でクリスマスの飾りつけが始まり、営業時間も普段5~6時が夜9時まで延長される。何がなんでも売りまくろうというクリスマスセールの商魂は、近年日本でもはげしいものがあるから、ダウンタウンを歩いても、その点では別に変りばえがしないが、これが一般家庭のデコレーションになると、さすが本場らしいはなやかさである。 …
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(9/16)

 ここらで変な話題を二つ。  その一つは、床屋である。あの例の三色のねじり棒のサイン、内部の構造、設備はほとんど変りはないが、面喰らうのは、客は鏡に向うのではなく、鏡を背に、待っている人達の方を向いて坐らせられるのである。何んとも変な具合で、「日本とはまったく逆だ」というと……、  床屋のあんちゃん(腕にイレズミをしているか…
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(8/16)

 私は又、思いがけず結婚式にも招待されるチャンスをもった。私のアパートの管理をしていた45歳位の婦人で、お互いもちろん再婚という事であった。  注)招待状。  当日その花嫁は赤なドレス、新郎は上が白、下が黒のタキシードで教会で式の後、おきまりの披露パーティになるのだが、それがまた、体育館を借り切った盛大なものである。といえば…
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(7/16)

 アメリカでの住と食が、一応安定すると、私は先ずストレスの緩和と健康のため、ゴルフセットを買込み、さっそく毎土、日とコースに出かけることにした。  道具は、B社の重役の紹介で、デイトンにある空軍基地の売店で免税で買うことが出来た。マグレガーのフルセットが約150ドル、他にパター、バッグ、ボール、ポロシヤツ、帽子、手袋など一切ひっく…
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(6/16)

 S社の昼食は、広さの関係上、職場グループの時差昼食であるが、最終組は職員クラスで、社長以下が皆食後も、そのまま殆んど休み時間中雑談にふけるのである。  パイレス氏は私に、このような雑談こそ、改まったデイスカッションではなく、なまの意見が聞けるし、そのような対話を通してこそ、本当のアメリカ人の物の考え方などが吸収できるのだから、つ…
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(5/16)

 ところで、一般アメリカ人は、非常にビジネスライクに仕事をすすめると聞いて来たが、6カ月間彼等と共に仕事をして、身にしみて感じたととを2~3あげてみる。  まず第1に、彼等は一見親切そうにみえるが、自分の問題と、相手の問題というものを、はっきり区別していて、決して相手の立場にたって物事を考えないというととである。  これは英…
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(4/16)

 1週間のホテル生活を過した私は、我が城を求めてシェフィールド社(S社〉の人事係に案内されいろいろ見て廻ったアパートの中から、すこぶる閑静な住宅地にある煉瓦建アパートの3階の部屋を借りる事にした。よく手入れの行届いた芝生の緑と、煉瓦の赤い色が与えてくれるなごやかな安堵感に支えられて、ここにいよいよ本格的な駐在生活が始まったのである。 …
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(3/16)

 ホノルル、サンフランシスコ聞は時差2時間、飛行時聞は5時間位で、朝の7時過ぎに到着の予定が約1時間近くも遅れ、到着は8時頃になるとのこと。ところが私が乗り継ぐ予定のTWA社のシカゴ行きは8時半頃のスタートなので、その間30分位では、手荷物の積みかえが間に合うかどうか心配になってきた。そこでスチュアデスに相談すると、空港では一番先におろ…
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(2/16)

 ホノルルへは約8~9時間の旅だが、時差が5時間もあるので、たしか到着は午後10時~11時だったと記憶している。どこでも夜景は美しいものだが、初めてまみえる外国の灯は殊更印象的である。ホノルルでは約2時間滞留で、その間入国手続きなどがあるので、彼のインド人とは後程喫茶室で会うことにしていったん別れる。  飛行機からおろされた荷物を…
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(1/16)

 アメリカ駐在に関してはすでにこのブログで≪「アメリカ駐在」について≫で書いたことがありますが…… https://romaneko.at.webry.info/201606/article_9.html  実は、駐在を終えた年に技術雑誌「マシニスト」に「アメリカ駐在記」という記事で5回にわたって連載しているのです。初めての「海…
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プロフィール

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ろまねこ
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神戸
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藤井寺
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スケッチ、水彩、
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