【海外旅行】1966~7年米国駐在記(11/16)

 さて私は、29日いよいよ出発という前夜、早めにベッドに入ってひと寝入りした頃、東京から電話がかかってきた。家内からで新聞で報道されているところでは、元旦の午前0時頃(日本時間)NHKの宇宙中継で、ニューヨークのロックフエラセ ンター付近がうつるらしいから、その辺をウロウロしていたら、ひょっとしたら、画面に入るかもしれないというのである。何しろ突然のことで寝ぼけ頭であるから当方ウヤムヤの中に、彼女のほうは、いうだけいって電話を切ってしまった。一通話(3分)4千円近くもするのだから無理もないが……。

 デイトンからニューヨークまでは、飛行織で1時間半程、ホテルは、パイレス氏がB社のニューヨーク本社を通じて、日本領事館に相談してくれたところ、日本人の宿泊者が多く、三和食堂という純日本料理の店もあり、しかも安いというパリスホテルを紹介してくれた。ニューヨークも大分北のほうへょった、リバーサイドパークに近い30階くらいの古びた建物である。
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 私は、ここを基点に3日間ニューヨークを駆け回ったが、交通はもっぱら地下鉄を利用した。路線が一番わかりやすく料金も均一で安易である。もっとも、エンパイヤ・ピルをはじめとする市内見物は、お上りさんよろしく観光バスに乗ったが、晦日だというのに満員であった。

 注)夕日に映える「自由の女神像」に旅愁を感じました。
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 大晦日は例の宇宙中継があるというので、14時間の時差を考え、当地では、31日午前10時頃になるので、その頃を見計らって、ロックフエラーセンターに行ってみると、すでに前日から配置されているテレビカメラの付近にディレクターやアナウンサーが控ているし、聞き知った日本人もかなり集まってきているようであった。この日のゲストとしては、ニューヨーク在住数年になる画家の猪熊弦一郎夫妻がインタビューに出るということである。私はアナウンサーのとところに行き、東京から電話があったので、わざわさざデイトンから出かけてきたような、少しオーバーな言い方で何やかやと雑談を交わし、時間も近づいたので人混みに入って待つことにした。
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放送開始は午前10時、ところが30分前になっても肝心のゲストが到着しないのである。どうやら慌てたらしいアナウンサー(さっき私と雑談した人と、上役らしい)二人が私のとこへきて、猪熊夫妻を迎えの車がホテルを間違えたらしく、改めて差し向けたが、どうも間に合いそうもないので申し訳ないが、ピンチヒッターとして出てくれないかというのである。、思いがけないなりゆきになったが、願ってもないことなので私は即座にOKし、急いでインタビューの内容について打合せをした。

 東京から電話があって当地にきたこと、私の身分素性、滞米の理由などであるが、5分前に会場にあるNBCのモニターカーで、日本から越年風景を中継しているからそれをみて、「除夜の鐘」の感想も語ってほしいということであった。ところがその時間にモニターカーをのぞいてみたが、ここでは日本からの中継は受像していない。そばのセンタービルの6階のスタジオまでいってくれとのこと、しかしそれでは時間的にとうてい無理なので、これは諦めることにした。
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 それにしても私は、はからずも宇宙中継で元旦早々、全日本に挨拶し,我が社をNHKでコマーシャルできる素晴らしさを感謝しつつ、まことに爽快な気分であった。かず多く居合わせる日本人の中から払を選んでくれたアナウンナー氏よ、ありがとう。先程の雑談が縁だとしたら、やっぱり売り込みはしておくものだな。画面にチラッとでも見出せるであろうかと期待している東京の家族も、それこそびっくり仰天であろう。

 さまざまな思い去来するなかに刻一刻と時は迫る。と、その時である。「間に合いましたぁ」ーー99%の確率は、一瞬にしてもろくも崩れ去ったのである。猪熊夫妻は遂に時間ぎりぎり到着。「ハイ本番」宇宙中継は無情にも始まったのである。

 猪熊画伯の取り巻き連中が「先生、残念でしたなぁ」と、どういう訳で私を先生というのか、そんな風に一応なぐさめてくれるが、私は内心、猪熊の野郎(画伯には失礼だが、当時の心境として)と、口惜しさで一杯であった。とはいえ、人間やはり迎えられる身分にならなくては……。ピンチヒッターの哀感である。

 その頃、東京にあっては、目を輝かせテレビをみていた家内は、映しだされるロックフエラーセンターを紹介するアナウンサーの声の陰に、「あゝ間に合ってよかったわネェ」という、やや息はずませた女の声が入ってきたので、見物の日本女性があたふた駈けこんで来たのかと、同情をょせたそうだが、それが猪熊夫人の声であり、その陰に男泣きする亭主がいたとは、神ならぬ身の知るよしもなかったのである。

 つづいて、センター脇の街頭で通行人(米人)のインタビューがあり、これは別にビデオとして元旦の昼に放送の予定だから、せめてそのとき、お姿だけでもいかがです。とは、NHKのご好意(?)。私も予期せぬ出来事に一旦野望を大きくしたものの、考えてみれば画面にチラツクだけで元々なのだからと、それでもなお、おさまりかねている腹の虫を抑え、持参の日の丸をかざして突っ立っていたら、どうやらモニターテレビに、それとわかる私の映像が出ている。
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 それで終わるとすぐ、近くのデンワボックスに飛び込んで東京へ。かんたんな「いきさつ」と、一日の昼テレビをみるよう、知らせたのである。それにしても、ニューヨークの公衆電話から、料金は東京の家持ち(コレクトコール)ということではあるが、僅か10分足らずで通話出来るのだから、呆気ないくらい便利なものである。(元旦の放映はいち早く専務が発見、早速家内へ電話連絡して下さいました)。

 注)日の丸の小旗は、前日ホテルで「ワイヤーハンガー」と「ハンカチ」を犠牲にして手製したものです。日章旗のサイズ比率はご存知でしょうか?
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