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zoom RSS 【海外旅行】聖地イスラエル一周の旅日記(5/7)

<<   作成日時 : 2017/05/05 10:05   >>

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【第5日】1987/8/3(月)エン・ボケック→マサダ→ヘブロン→ベツレヘム→エルサレム

 08:00エン・ボケックのホテル出発。マサダで08:30から10:00迄、再びエン・ボケックを通り、ソドムから西の方の山道に入る。塩の層が1500メートルもあるといわれる岩山がある。このあたりは「ユダの荒野」と呼ばれてきた地方である。岩石砂漠・砂砂漠・灌木程度のわずかな緑。ベドウィンのテントやバラックが点在する。右にアラドという町の遺跡を過ぎ、少し行くと1960年に作られた新しいアラドの町がある。砂漠の中であるが工場もでき、また乾燥して空気もきれいなのでドクター付きのホテルもある。喘息に良く、ヨーロッパからグループで来るそうである。85%が治って帰るとのこと。
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●マサダMASADA
 死海を眺めながらケーブルカーで登った岩山の上にあるのが「マサダの遺跡」。大祭司ヨナタンが紀元前100年ぐらいに、この地に要塞を築いたのが始まりで、その後ヘロデ王が増築し冬の宮殿を建てた。サウナ設備や西の宮殿・食料庫・北の宮殿など、当時の建物も残っている。紀元70年にはユダヤ人がここに2年以上立てこもり、ローマ人を相手に戦った。最後には900人あまりが自決したという歴史的な事件で知られている。山から見下ろすとローマ軍が駐屯していた跡もよく見え、死海の眺めも素晴らしい。挿絵のジグザグ道は「蛇の道」といわれる。
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挿絵は「ユダの荒野をロバを引いて行く人」です。
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 ユダの山地の西側は、地中海から水分を含んだ雨雲がこの山塊にぶつかり雨を降らせるので、草木が育ち豊である。この高原を「山の道」が南北に、エルサレムを通りエジプトに通じる。海抜800から1000メートルにもなる。今この道は「ヘブロン街道」と呼ばれている。その「ヘブロン」に「族長達の墓」を訪ねることにする。挿絵は「ヘブロン街道」。
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●ヘブロンHEBRON
 世界で最も古くたてられた町の一つ。紀元前1800年頃から人が住んでいる。エルサレムの南西31キロ。標高913メートル。アブラハムは今から4000年前にここへ来て、サラが死に、墓地を買ったといわれている。(創世記23)ここの「マクペラの洞窟」はサラ・アブラハム・イサク・リベカ・レア・ヤコブが葬られている。「ヘブロン」の古名は「キリアテ・アルバ」(四人の町)という。

 この地はイスラエル建国時はヨルダン領だったが、第三次中東戦争でイスラエルが占領したままである。その為か極めて治安が悪く、この旅行でも、街中では「バスの窓を開けないように」との注意があったほどである。ヘブロンではユダヤ人入植者による、パレスチナ人を追い出そうとする暴力や嫌がらせが続いたため、これを監視し、抑制するため「国際監視団」が派遣されているが、その後も色んな事件が跡を絶たない。挿絵は「イサクの墓」。
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 ヘブロンを12:10に発ち、13:00ベツレヘムの教会前のレストランで昼食。聖降誕教会は十字軍時代のバシリカ様式。屋根の木材は「レバノン杉」。ローマ時代初期にはキリストの聖地を隠すため「アドニスの神」を祀ったといわれる。土産に「ダビデの星」(木製)$2×3、「同ペンダント」$5×2。挿絵は聖降誕教会の床にある「イエス生誕の場所を示す星飾り」。跪いて接吻する信者が多くいました。
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◆ルカ福音書から「イエスの降誕と羊飼いたち」
  ヨセフもダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身ごもっていた、いいなずけのマリアと一緒に登録するためである。ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」……そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。

★羊飼いの野Field of Shepherd
 ベツレヘムから約2キロ離れた所にある野。小さな星形のチャペルがあり、礼拝出来るようになっている。
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 エルサレムでは、「シオンの丘」と「鶏鳴教会」を見学のあと、再びシオン門の前を通り、城壁で囲まれた旧市街でなく西南500メートルほどの所、ケレンハイソッド通りにある「モーリア・エルサレム・ホテル」に16:30着。19:00夕食。夜の「歌と踊りショー」は明晩に延期となり、ホテル内の宝石店を覗いたり、売店で買い物をして過ごす。「エルサレムの地図」「花の本」「聖地の土(2シェケル×2)」併せて28.5シェケル。切手0.4シェケル。絵ハガキ0.3シェケル×5。(1シェケル=100円)

★シオンの丘Mt.Zion
 エルサレム旧市街の南西のシオン門の南側にある丘。丘の上にゴシックの建物があり、1階が「ダビデ王の墓」(
休日で参観出来なかった)2階が「最後の晩餐の部屋」と称される。実際は十字軍時代の建物である。

★ペテロの鶏鳴教会Church of Galicante
 ペテロが「イエスを知らない」と3度否定したとき、鶏が鳴いた場所とされている。ここが大祭司カヤファの公邸があったといわれている。内部には深い洞窟があり、昔は牢獄として使用されていた。
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◆ルカ福音書から「イエスのペテロ背信の予言」
 イエスは言われた。「ペトロ、言っておくが、あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしを知らないと言うだろう。」

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