テーマ:海外旅行

【海外旅行】1997年レバノン・シリヤ・ヨルダン旅(15/15)

■第14日:4月16日(水)機中→アムステルダム(キューケンホッフ公園)→成田→自宅  KLMは、「アムステルダム・スキポール空港」に、丁度夜明けの6時30分到着。迎えのホテルバスで、少し「アムス」寄りの「メルキュール・ホテル」に7時30分チェックイン。  成田行きは15時15分発なので、それまで時間待ち。結局部屋に残られた…
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【海外旅行】1997年レバノン・シリヤ・ヨルダン旅(14/15)

■第13日:4月15日(火)ワディ・ムーサ→ワディ・ラム→アカバ→アンマン  「ヨルダン」も今夜でお別れだ。  「ペトラ」近郊の「ワディ・ムーサ」のホテルを8時出発。南へ。すぐの右手の山の上の白いものは、「モーゼ」の兄「アロン」の墓。  今日も、ときどき「砂嵐」が来て視界50m位になってしまう。4、5、6月がシーズンと…
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【海外旅行】1997年レバノン・シリヤ・ヨルダン旅(13/15)

■第12日:4月14日(月)アンマン→ペトラ→ワディ・ムーサ  朝7時40分出発、南へ約230キロの「ペトラ」に向かう。メインの道路は「デザート(砂漠)ハイウエイ」(高速道路)。その西側、平行して死海に近い方を走る旧道が「キングス(王様)ハイウエイ」(普通の道)である。  最初はずっと「デザート……」の方を走る。  ヨ…
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【海外旅行】1997年レバノン・シリヤ・ヨルダン旅(12/15)

■第10日:4月13日(日)ヨルダン・アンマン滞在(市内観光→死海→ネポ山)のつづき  バスはアンマンからほぼ西へ、峠からは「イスラエル」が、もうそこにみられる。「聖書の世界」であるとともに、深刻な「パレスチナ問題」で何時火を吹くか判らない、この地域は「不気味」である。  「死海」はご存じの通りマイナス海抜。ゼロメートル標識…
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【海外旅行】1997年レバノン・シリヤ・ヨルダン旅(11/15)

■第10日:4月12日(土)シリア・ダマスカス→ボスラ→ヨルダン・ジェラッシュ→アンマン のつづき  シリヤからヨルダンへの出入国は1時間足らずで通過。16時30分。ガイドさんとは此処でお別れ、バスはアンマンのホテル迄、我々を送って引きかえすそうだ。   さて、また「お金」が変る。こんどは「ヨルダン・ディナール」だ。1米ドル…
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【海外旅行】1997年レバノン・シリヤ・ヨルダン旅(10/15)

■第10日:4月12日(土)シリア・ダマスカス→ボスラ→ヨルダン・ジェラッシュ→アンマン  あっという間に、シリア最終日だ。「ダマスカスのホテル」8時30分出発。途中現地旅行社の事務所に立寄り「旅行社からのお土産」を貰う。ズックの「旅行かばん」だ。「なんだ、荷物になるのに……」とぼやいていたが、 最終日にこの「バッグ」に「割れモ…
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【海外旅行】1997年レバノン・シリヤ・ヨルダン旅(9/15)

■第9日:4月11日(金) 朝6時50分、「シェラトンホテル・ダマスカス」のロビーに集合して、外に出るともう「タクシー」が待っていて、私の持っていた「ヨルダン・シリア聖書の旅」という本の「コーカブの教会が写っている写真」を見せると、「うん、判った判った」という身振り。ともあれ、早速乗り込み出発。  地図では南西に15キロ位な…
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【海外旅行】1997年レバノン・シリヤ・ヨルダン旅(8/15)

■第8日:4月10日(木)パルミラ→ダマスカス 15日間の日程なので、これで半分の7日間を終えた……  「日出日没時刻計算ソフト」を皆さんに配ったおかげで、幸か不幸か、「パルミラ遺跡」の朝日を見に行こうと、お誘いを受ける。  日出は正6時。5時半にホテル玄関ホール待合わせ。3人の女性と私達夫婦の5人。もう明るくなってき…
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【海外旅行】1997年レバノン・シリヤ・ヨルダン旅(7/15)

■第7日:4月9日(水) アレッポ→パルミラ  アレッポの見所は市の中央にそびえる「城塞」。周囲2.5キロを深い空堀で囲まれ、45度の斜面を持つ丘の上に城壁をめぐらした立派なものである。  紀元前10世紀に始まるといわれるが、現在残る城は12世紀から16世紀にかけて造られたもの。十字軍、モンゴル、チムールの侵略にも耐えた城で…
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【海外旅行】1997年レバノン・シリヤ・ヨルダン旅(6/15)

■第5日:4月7日(月)ベイルート→記念碑→レバノン杉→ラタキア(シリア)のつづき  「レバノン」から「シリア」へ、国境を越えたのは、17時40分。  雨も上がって夕焼けが美しい。丁度19時、左手の地中海に真っ赤な太陽が沈む。(コンピュータの計算通り)  19時30分「シーワール(Al-Siwar)(何故か腕輪という意…
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【海外旅行】1997年レバノン・シリヤ・ヨルダン旅(5/15)

■第5日:4月7日(月)ベイルート→記念碑→レバノン杉→シリア  昨日・今日とバスでベイルート旧市内を通りましたが、戦火が静まって7年経つというのに、海岸・港近くの、ホテル、ビジネスビル(8階建10階建などの高層建築群)はガラスは全部砕け散り、内部はがらんどう、外壁は模様を付けたような弾痕……ブルドーザは沢山動いているが、まだ全く…
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【海外旅行】1997年レバノン・シリヤ・ヨルダン旅(4/15)

■第4日:4月6日(日)ベイルート滞在(バールベック、アンジャル遺跡観光)  ベイルートから東そして北へ約80キロ、レバノン山脈を越えてベカー高原にあるレバノン最大の遺跡「バールベック」を訪れる。  最初の予定ではここで宿泊ことになっていたが、変更して「ベイルート」からの日帰り観光となる。  峠といってもそれほどの高さ…
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【海外旅行】1997年レバノン・シリヤ・ヨルダン旅(3/15)

■第3日:4月5日(土)ベイルート滞在(ティルス、シドン遺跡観光)  バスの中で「現地ガイド」から聞いたレバノンの生活情報。  150平方メートルのアパートが8万ドル、約1千万円で買える。日本のアパート・マンションに比べると広い。  月収は大卒初任給$300。一人前、高級取りということで$1,000。所得水準はまだ低い…
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【海外旅行】1997年レバノン・シリヤ・ヨルダン旅(2/15)

■第2日:4月4日(金)ベイルート滞在(ジェイタ鍾乳洞、ビブロス遺跡観光)  朝食はビュッフェスタイルで、アラブ的な料理もあるようだったが、無難にヨーロッパ式、スクランブルエッグ、ベーコン、マッシュルーム、ヨーグルト、オレンジジュース、パン、紅茶というので済ませる。  早速ホテル売店で「レバノンの地図」を買う、$8.4。$1…
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【海外旅行】1997年レバノン・シリヤ・ヨルダン旅行(1/15)

 以前イスラエルとイラクの旅行記を書きましたが、その隣国のレバノン、シリア、ヨルダンへの旅の思い出を綴ります。今から20年前の話ですが、遺跡などは数千年の歴史なので、今も変わらないと思います。  注)イスラエル旅行記:https://romaneko.at.webry.info/201704/article_14.html イラ…
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(3/16)

 ホノルル、サンフランシスコ聞は時差2時間、飛行時聞は5時間位で、朝の7時過ぎに到着の予定が約1時間近くも遅れ、到着は8時頃になるとのこと。ところが私が乗り継ぐ予定のTWA社のシカゴ行きは8時半頃のスタートなので、その間30分位では、手荷物の積みかえが間に合うかどうか心配になってきた。そこでスチュアデスに相談すると、空港では一番先におろ…
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(2/16)

 ホノルルへは約8~9時間の旅だが、時差が5時間もあるので、たしか到着は午後10時~11時だったと記憶している。どこでも夜景は美しいものだが、初めてまみえる外国の灯は殊更印象的である。ホノルルでは約2時間滞留で、その間入国手続きなどがあるので、彼のインド人とは後程喫茶室で会うことにしていったん別れる。  飛行機からおろされた荷物を…
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【海外旅行】1966~7年米国駐在記(1/16)

 アメリカ駐在に関してはすでにこのブログで≪「アメリカ駐在」について≫で書いたことがありますが…… https://romaneko.at.webry.info/201606/article_9.html  実は、駐在を終えた年に技術雑誌「マシニスト」に「アメリカ駐在記」という記事で5回にわたって連載しているのです。初めての「海…
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【海外旅行】1994年ジャワ島7日間(9/9)

【第6日】1995年(平成7年)1月3日(火) ソロ→ジョクジャカルタ→ジャカルタ→機中泊 100ルピア=\5  8:00、チェックアウトを済ませて出発。最終日の今日もチャンディ、チャンディと続きます。  でもその前に、有名な「ブンガワン・ソロ」を見に行かなきゃ……と、ソロの町外れに流れている川のほとりにやって来たが、昨日の…
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【海外旅行】1994年ジャワ島7日間(8/9)

【第5日】1995年(平成7年)1月2日(月)ジョクジャカルタ→ソロ 100ルピア=\5  あっという間にもう、今日1泊でインドネシアとお別れだ。  ジョクジャカルタから東60キロにあるのがソロの町、私達には「ブンガワンソロ」の歌で馴染みのところ。でもこれは「川」の名前なんだね。そこに行く道中に、「プランバナン遺跡群」という…
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【海外旅行】1994年ジャワ島7日間(7/9)

【第4日】1995年(平成7年)1月1日(日)ジョクジャカルタ滞在(ゴドンソンゴ高原観光)のつづき 100ルピア=\5  そのうち「ほあぐら」さん達も戻ってきて、車で近くの町へ昼食に。  昼食の後は、アンバラワという所にある「鉄道博物館」へ。ここは古い蒸気機関車(SL)が20台くらい野外に展示してある。2動輪~5動輪、ダブル…
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【海外旅行】1994年ジャワ島7日間(6/9)

【第4日】1995年(平成7年)1月1日(日)ジョクジャカルタ滞在(ゴドンソンゴ高原観光) 100ルピア=\5  今日は元旦だったのにまったく気がつかず、朝、顔を合わしたときにも「おめでとう」も言わなかった。南洋ボケ……(^_^;)  今ひとつの「ヒンドゥー遺跡」ゴドンソンゴは、昨日昼食をとったウオノソボで1泊したかったのだ…
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【海外旅行】1994年ジャワ島7日間(5/9)

【第3日】1994年(平成4年)12月31日(土)ジョクジャカルタ滞在(ディエン高原観光)つづき 100ルピア=\5  次ぎに連れていかれたのが、五色沼……といっても一色だが、エメラルド色の美しくも妖しい水面。ワルナ湖。  さて、駐車場の辺りには、例によって土産物屋や食べ物店が軒を連ねている。新・若旦那さんから聞いていた「肉…
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【海外旅行】1994年ジャワ島7日間(4/9)

【第3日】1994年(平成4年)12月31日(土)ジョクジャカルタ滞在(ディエン高原観光) 100ルピア=\5  120キロ離れたディエン高原にある「ヒンドゥー遺跡」への一日である。定刻7:00、白い三菱コルトでホテル出発、途中ガソリンスタンドでトイレ休憩。  ここで、ほんの一口くらいの大きさの「揚げ豆腐のようなもの」を数個…
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【海外旅行】1994年ジャワ島7日間(3/9)

【第2日】1994年(平成4年)12月30日(金)ジョクジャカルタ滞在(ボロブドゥール観光)のつづき 100ルピア=\5  今回は初めてのインドネシアなので、いちおう土産物(名産品)も観光の内、ガイドに頼んで今日はまずバティック(ローケツ染め/ジャワ更紗)。  バティックの大家(ガイドブックに出ているとか)のアトリエ?訪問、…
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【海外旅行】1994年ジャワ島7日間(2/9)

【第2日】1994年(平成4年)12月30日(金)ジョクジャカルタ滞在(ボロブドゥール観光)のつづき 100ルピア=\5。  車でボロブドゥールから東へ3キロ、チャンディ・ムンドゥ(CANDI MENDUT)に着く。12:50~13:00。 石造りの霊廟がぽつんと一つだけ建っている。  お堂の中には、正面に「釈迦如来」像、…
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【海外旅行】1994年ジャワ島7日間(1/9)

 1994年暮れは、ほあぐらさん夫妻と知りあって丁度20年経ちました。ほあぐらさん夫妻が未だ現役で年末年始休みが長く取れないので、「インドネシア・ジャワ島・ボロブドゥール遺跡」を訪ねることにしました。ジャワ島といえば「バリ島」ですが、私達は「中部ジャワの仏教・ヒンズー教寺院」巡りのみです。  私共夫婦との4人旅ですが、「インドネシ…
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【ロマネスクの部屋】珠玉のロマネスク教会(4/4)

■柱頭彫刻の魅力的なところ■ ●イソア-ルの聖オストルモアヌ教会(EGLISE ST-AUSTREMOINE DE ISSOIRE)  フランス・オ-ベルニュ-地方。彩色された傑作が心を揺する。  イソワールの町に有る旧修道院付属教会だが、外壁も内陣も全てがやや過剰に装飾された建築である。  壁の幾何学模様は余り良い…
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【ロマネスクの部屋】珠玉のロマネスク教会(3/4)

■回廊の素晴らしいところ■ ●サント・ドミンゴ・デ・シロスの修道院(SANTO DOMINGO DE SILOS)  スペイン・旧カスチリアにある。見事な柱頭彫刻に荘厳された幻想的とも言える雰囲気が感じられる。  私達が初めて北スペイン地方を訪れたのは、1980年の暮れのことで、ブルゴーニュに次ぐ二度目のロマネスク探訪…
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【ロマネスクの部屋】珠玉のロマネスク教会(2/4)

■タンパン彫刻の見事なところ■ ●モアサックの聖ピエ-ル教会(EGLISE ST-PIERRE DE MOISSAC)  黙示録の世界を表現した絶品。フランス・ケルシ-地方にあり,回廊と共に名品として著名。  モワサックはモントーバンとアジャンの町の中間、ガロンヌ河に沿った静かな町である。  この町の大修道院教会は、…
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プロフィール

ニックネーム:
ろまねこ
性別:
出身地:
神戸
居住地:
藤井寺
趣味:
スケッチ、水彩、
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