テーマ:昭和史

【読書】私の読書遍歴(13)長篇三人全集・一人三人全集

 個人の「全集物」も数多く出ましたが、昭和6年〜7年の「長篇三人全集」は当時の「恋愛小説・家庭小説の流行作家」加藤武雄、中村武羅夫、三上於菟吉の三人だけの全28巻の全集でした。「軒店古本店」では人気でした。  あちらこちら調べて、やっと全巻のリストが出来ました。 01 地靈:中村武羅夫著 02 沈黙の塔 ; 春遠からず:加…
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【読書】私の読書遍歴(12)古本店での本の仕入れ

 以前にも書きましたが「古本店」は「古物商」の「鑑札」をうけて「古物の売買」が出来るのです。  店頭へ素人のお客さんが「本」を売りに来ることがあります。その場で「目利き」して、値段をつけて買い取ります。小学6年生の私でも.客が信用すれば売り買い出来ます。厳密には「父」しか「鑑札」を持っていないなですから「違法」ですかな?原則的には…
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【読書】私の読書遍歴(11)軒店古本店の場所

 この「私の読書遍歴」も昭和8年から昭和24年まで続いた(途中2年ほどブランクがありますが)私の父が営んでいた神戸市灘区水道筋3丁目の「軒店古本店」の「蔵書一覧」の様相を呈していますが、これが私の「読書」の種なので、ご容赦下さい。  私はこの店で、小学校5年生から、戦後、大学2年生まで約10年間、長い期間「お店番」をしていました。…
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【読書】私の読書遍歴(10)新潮社 現代長篇小説全集

●新潮社 現代長篇小説全集 全24巻(1930.2 〜)  これは、また平凡社「現代大衆文学全集」と違って、「現代小説」「恋愛小説」「家庭小説」といわれる「通俗小説」の分野なのです。「市場(マーケット)」帰りの「小母さん」達の好みの「お涙・悲恋物語」なので、わが古本店では「大活躍」でした。  今調べても、なかなか内容題名が判…
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【読書】私の読書遍歴(9)平凡社・現代大衆文学全集

 この全集では、長く、たくさん儲けさせて貰いました。中には不評のモノもありましたが、全般的に「娯楽読み物」として、お客様に喜ばれました。 昭和2年から昭和7年までの出版です。私の小学校入学は昭和9年ですから「わが古本店」には既に全巻揃っていました。 ●正編40巻 第01巻 白井喬二集 新撰組 外 第02巻 江見水蔭集 初鰹献…
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【読書】私の読書遍歴(8)昭和初期の文学全集

 戦前、昭和の「古本屋」の一番上の列に並んでいたのが、「円本」のトップを切った改造社の「現代日本文学全集」全63巻でした。 ◎坪内逍遙◎徳富蘇峰◎徳冨蘆花◎幸田露伴◎泉鏡花◎島崎藤村◎田山花袋◎夏目漱石◎谷崎潤一郎◎芥川龍之介◎菊池寛◎石川啄木◎賀川豊彦◎大佛次郎などなど明治以降の文豪の作品を網羅した全集です。  タダこれら…
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【読書】私の読書遍歴(7)世界名作全集(講談社)と講談社の絵本

 戦後になると、私も成人したので、児童文学には関心が薄らぎました。しかし貸本店としては「マンガ」だけでなく「児童向けの本」もおいていました。 児童向けの「全集本」が各社から出版されましたが。中でも「逸品」はやはり「講談社」。装丁も挿絵もしっかりしていました。 ●世界名作全集(講談社)1950年(昭和25年)より全巻150巻 …
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【読書】私の読書遍歴(6)敗戦直後の雑誌2件

●『リーダース ダイジェスト』  終戦直後の昭和20年後半から21年にかけて、神戸灘区の「古本屋」を手伝いながら、姫路の兵庫工専に通っていた頃、アメリカ生まれの『リーダーズ ダイジェスト』が1046年(昭和21年)6月、月刊誌として発刊されました。アメリカを含む「自由世界の香り」が漂っていました。内容は「他の雑誌から転載された要約…
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【読書】私の読書遍歴(5)山中峯太郎

 先に「少年少女小説」をあげましたが、なかでも強烈な印象は「山中峯太郎」の作品です。 ◎敵中横断三百里(『少年倶楽部』1930)挿絵:椛島勝一 日露戦争で活躍した「秋山騎兵部隊」から選出された「ロシア軍の動きを探る6名の建川挺身騎兵斥候隊」の艱難辛苦の物語。注)秋山好古騎兵隊長は「坂の上の雲」司馬遼太郎著の主人公の一人。 …
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【読書】私の読書遍歴(4)少年少女小説(単行本)

 戦前の小学生時代は「店」にある月遅れの「少年倶楽部」「少女倶楽部」「幼年倶楽部」「少女の友」などを讀んでいました。これらの雑誌の連載小説が「単行本」として棚にありました。私の印象に残っているモノをリストアップしました。 ●佐藤紅緑 ◎あゝ玉杯に花うけて(講談社 1928)挿絵:田中良 豆腐売りの貧乏な少年が友人との交流や経験…
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【読書】私の読書遍歴(3)小学生全集

 本屋の息子ですから、小学校へ上がる前から、絵本でなく「文字の本」を讀んでいました。以前にも書きましたが、その頃の一番の思い出は「小学生全集」です、昭和2年から4年まで、全88巻と素晴らしく充実した全集です。菊判並角背紙製本(背の部分のみクロス)約300ページで、各巻35銭。菊池寛が芥川龍之介にも手伝って貰って、企画、編集、出版されまし…
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【読書】私の読書遍歴(2)講談本

 昭和一桁代は「円本」の時代でした。「現代文学」「大衆文学」「世界文学」「児童物」「個人全集」などが1冊1円という「安価」で提供されました。それがまた「我が家」のような「お風呂屋さん」の近くの「古本屋」の棚を埋め飾りました。(小学生全集などは35銭)  数ある全集物の中で、ひときは「大衆読み物」であった「講談本」を思い出しています…
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【読書】私の読書遍歴(1)はじめに……「本」についての思い入れ

 このブログでも書いていますが「我が家」は私が物心ついた頃(昭和8年)から戦後昭和23年まで「古本屋」でした。その後「貸本屋」に転業して昭和36年まで営業していました。その間扱った書籍はほとんど「大衆小説」「通俗小説」「月刊娯楽雑誌」「マンガ」といったジャンルです。  「純文学」や「翻訳文学」なども扱っていましたが、いずれにせよ「…
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【海外旅行】1988年天山南路からパミール・ガンダーラ・前半(6/10)

●第4日 9月14日(木)トルファン→コルラ  07:00モーニングコール。08:00朝食。かたいパン・ピーナツ・ジャム・チーズに赤いソース・粥・トマト・玉子。  09:15出発。09:00の予定が、モーニングコールの手違いでEさんが遅れる。コルラまでゴビ砂漠を372キロのバス旅。09:20カレーズとその管理民家の内部見学。…
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【海外旅行】南ドイツの旅(妻の書いた旅日記)(6/6)

 空がようやく明けはじめた午前八時、ホテルを出て前の通りを西へ行くと、ブルク門がある。外は崖で行き止まりになっているが、タウバー谷の展望がひらけ、谷をへだてて、ワイングラスの地形をしたこの街のちょうど根元のところにあたる家並みが見渡される。  犬を連れて散歩する人々がいる。たいていの犬が足の短いダックスフントである。私も長年この犬…
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【海外旅行】南ドイツの旅(妻の書いた旅日記)(5/6)

 開くれば二日、空は晴れて……とは言えない空模様であったけれど、何か調子づけてみたいほど、私達ははずんでいた。やっとハーツで車を借り、一国一城の主(あるじ)になった思いでこの街を滑り出したのである。  私は、川が好きである。流れる川にひかれる。ドイツにはドナウがあり、ラインがあるのを楽しみにしていた。しかし ロマンティッシェ街道…
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【海外旅行】南ドイツの旅(妻の書いた旅日記)(4/6)

 薄やみの中で、目がさめた。昨夜はいろいろな事があったが、ともかく無事に元旦の朝を迎えることができた。洗面から帰ってくると、少年達は今は解禁されたとばかり、昨夜のことなのであろうか笑いを交えながら、同室の人にしきりに話しかけていた。母親は私の顔を見ると、手にシーツを持って何か語りかけてきたが、何のことなのか、こちらには通じない。 …
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【海外旅行】南ドイツの旅(妻の書いた旅日記)(3/6)

 そんな時であった。汽車が着いたのかポツリポツリとホールに現れた客の中にひとりリュックを背負った日本の青年がいた。いかにも方々渡り歩いてたとみえる旅なれたいでたちである。  瞬間、私はこれで助かったと思った。こちらにやってくる彼は、すでに泊まる宿もきまっていそうな確かな足どりなのである。なんとか頼みこんで、彼の部屋の床にでもいい、…
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【海外旅行】南ドイツの旅(妻の書いた旅日記)(2/6)

 第一の乗換駅ガルミッシュには三十分程で着いた。ここで一時間半の待ち合わせである。正しくはガルミッシュ・パルテンキルヘン。ミッテンバルトに比べると大きな街である。どうせ一時間以上も待っているのなら宿探しでもをしようという気になってKは早速、駅前のホテルに飛び出していった。私は荷物があるので構内に残った。  駅前のタクシーの運転手は…
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【海外旅行】南ドイツの旅(妻の書いた旅日記)(1/6)

 先に書いた「1974~5年ロマンチック街道旅行記」と同じ旅ですが、妻の書いた旅日記です。 --------------------------------  小さな街だけど、ここから旅が始まる。  わずかに積もっている雪の線路をまたいで駅舎を出ると、まだ午後の六時だというのに、街は夜中のように暗くひっそりとしている。 …
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【海外旅行】1974~5年ロマンチック街道旅行記(6/6)

第11日●1975/01/05(日)パリ→アムス経由→アンカレッジ  朝食の席でA様夫妻に会い、スペインの話を聞く。メトロでまた会い、共にメトロに乗る。彼等はエッフェル塔へ。 私たちは「近代美術館」へ。日曜のため無料。注)Aさん達は「エッフェル」でなく「サン・マルタン運河/北ホテル」のほうへ行かれたそうです。当方記録ミス。 …
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【海外旅行】1974~5年ロマンチック街道旅行記(5/6)

第9日●1975/01/03(金)ローテンブルク→フランクフルト→列車でパリ  朝食後すぐホテルを出る。08:30。ホテル代DM76.00/¥9,500。街の西部にあるブルク門/BURGTOR外を散歩。少女と写真撮影。北部クリンゲン門/KLINGENをあとに09:05。昨日の到着より12km市内走行。  デトヴァンクDETW…
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【海外旅行】1974~5年ロマンチック街道旅行記(4/6)

第7日●1975/01/01(水)ガルミッシュ→アウスブルク  明けて、昭和50年の元日である。残念ながらまだ足(レンタカー)もつかまらないし、ホテルも決まっていない「放浪」の身の上。  コーラ1L/DM1.5/¥188。朝、若者たちに別れを告げ。タクシー/DM8.5/¥1,062で駅へ。絵ハガキ4枚/DM1.20/¥150…
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【海外旅行】1974~5年ロマンチック街道旅行記(3/6)

第6日●1974/12/31(火)ベネチア→インスブルック→ガルミッシュパルテンキルヘン  0600水上タクシー。駅でコーヒー60LIT×2/¥28×2。汽車弁1ヶ1,500LIT/¥690を買う。サンタルチア駅0646発/0700頃夜明け。ベロナ0807着/934号Rapid。昨日買ったのが急行券だけだと判り、車中で乗車券を買わ…
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【海外旅行】1974~5年ロマンチック街道旅行記(2/6)

第4日●1974/12/29(日)パリ滞在→夜行列車でベネチアへ  朝、シャトーランドン(東駅の次)で降りて運河沿いに「北ホテル」を探す。オレンジが見つかり4ヶFF3.70/¥259買う。一度北へ行くが南へ戻り、運河の船のドックを見て、その先に「北ホテル」あり。表は塗り替えてキレイになってしまっている。しかし戸口の傾き側面などはう…
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【海外旅行】1974~5年ロマンチック街道旅行記(1/6)

 1974年12月26日~1975年(昭和50年)1月6日パリ/ベネチア/ロマンティック街道旅行記録  この旅は、夫婦の「海外旅行」の3回目。パリは2回目の訪問。夫47歳、妻48歳。  この頃は、海外旅行では「観光」半分「お買い物」の楽しみが半分でした。輸入雑貨の国内価格は平均して現地価格の3倍でしたから……。コマゴマと買物…
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「天皇陛下崩御」のこと

 昭和天皇は、昭和六二年九月の膵臓癌の手術後、一時回復され公務に復帰されましたが、昭和六三年九月、吐血があり、その後は陛下の御容体が新聞に毎日報じられるようになりました。「下血」という字をたいへん痛ましく感じました。  年開けて、昭和六四年一月七日、とうとう崩御の報道に接しました。宝算八七歳。  昭和の戦乱の詳細ないきさつは、複雑で…
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「常務取締役退任」のこと

 九年間の取締役の後、昭和六〇年六月、常務取締役企画部長を仰せつかりました。経営の多角化、新しい分野への参画、など企業としては立ち止まっていられません。とはいうものの模索と試行錯誤の明け暮れでした。  昭和六一年には、T社は念願の「東証一部」上場も果たしました。  T社では内規で「常務取締役は満六二歳をこえない」となっていますので、…
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「ハレー彗星を撮影」のこと。

 あれは昭和六一年(一九八六年)三月のことでした。ハレー彗星は、約七六年周期で地球に接近する短周期彗星ということで、次回は二〇六一年夏とのこと。  当然我々は生きていないので、何とか今回、肉眼か望遠鏡で見られないかな、撮影できるといいなと思っていました。  一月頃から夕方の西の空に現れたと報ぜられましたが、なかなか見るチャンスがあり…
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「セントアンドリュースでゴルフ」のこと

 残念ながら、私ではなく妻の話。一九八五年(昭和六〇年)五月一七日のこと。  妻が地域(小金井)でやっていたゴルフ同好会「フラウエンクラブ」のメンバーの一人が、旦那の転勤で「ベルギー駐在」に……その彼女を訪問することも含め、ゴルフ仲間女三人で、オランダ・ベルギーとイギリスへ旅行しようということに。  妻はだいぶ海外旅行ズレしていまし…
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プロフィール

ニックネーム:
ろまねこ
性別:
出身地:
神戸
居住地:
藤井寺
趣味:
スケッチ、水彩、
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