テーマ:昭和史

【読書】私の読書遍歴(8)昭和初期の文学全集

 戦前、昭和の「古本屋」の一番上の列に並んでいたのが、「円本」のトップを切った改造社の「現代日本文学全集」全63巻でした。 ◎坪内逍遙◎徳富蘇峰◎徳冨蘆花◎幸田露伴◎泉鏡花◎島崎藤村◎田山花袋◎夏目漱石◎谷崎潤一郎◎芥川龍之介◎菊池寛◎石川啄木◎賀川豊彦◎大佛次郎などなど明治以降の文豪の作品を網羅した全集です。  タダこれら…
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【読書】私の読書遍歴(7)世界名作全集(講談社)と講談社の絵本

 戦後になると、私も成人したので、児童文学には関心が薄らぎました。しかし貸本店としては「マンガ」だけでなく「児童向けの本」もおいていました。 児童向けの「全集本」が各社から出版されましたが。中でも「逸品」はやはり「講談社」。装丁も挿絵もしっかりしていました。 ●世界名作全集(講談社)1950年(昭和25年)より全巻150巻 …
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【読書】私の読書遍歴(6)敗戦直後の雑誌2件

●『リーダース ダイジェスト』  終戦直後の昭和20年後半から21年にかけて、神戸灘区の「古本屋」を手伝いながら、姫路の兵庫工専に通っていた頃、アメリカ生まれの『リーダーズ ダイジェスト』が1046年(昭和21年)6月、月刊誌として発刊されました。アメリカを含む「自由世界の香り」が漂っていました。内容は「他の雑誌から転載された要約…
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【読書】私の読書遍歴(5)山中峯太郎

 先に「少年少女小説」をあげましたが、なかでも強烈な印象は「山中峯太郎」の作品です。 ◎敵中横断三百里(『少年倶楽部』1930)挿絵:椛島勝一 日露戦争で活躍した「秋山騎兵部隊」から選出された「ロシア軍の動きを探る6名の建川挺身騎兵斥候隊」の艱難辛苦の物語。注)秋山好古騎兵隊長は「坂の上の雲」司馬遼太郎著の主人公の一人。 …
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【読書】私の読書遍歴(4)少年少女小説(単行本)

 戦前の小学生時代は「店」にある月遅れの「少年倶楽部」「少女倶楽部」「幼年倶楽部」「少女の友」などを讀んでいました。これらの雑誌の連載小説が「単行本」として棚にありました。私の印象に残っているモノをリストアップしました。 ●佐藤紅緑 ◎あゝ玉杯に花うけて(講談社 1928)挿絵:田中良 豆腐売りの貧乏な少年が友人との交流や経験…
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【読書】私の読書遍歴(3)小学生全集

 本屋の息子ですから、小学校へ上がる前から、絵本でなく「文字の本」を讀んでいました。以前にも書きましたが、その頃の一番の思い出は「小学生全集」です、昭和2年から4年まで、全88巻と素晴らしく充実した全集です。菊判並角背紙製本(背の部分のみクロス)約300ページで、各巻35銭。菊池寛が芥川龍之介にも手伝って貰って、企画、編集、出版されまし…
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【読書】私の読書遍歴(2)講談本

 昭和一桁代は「円本」の時代でした。「現代文学」「大衆文学」「世界文学」「児童物」「個人全集」などが1冊1円という「安価」で提供されました。それがまた「我が家」のような「お風呂屋さん」の近くの「古本屋」の棚を埋め飾りました。(小学生全集などは35銭)  数ある全集物の中で、ひときは「大衆読み物」であった「講談本」を思い出しています…
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【読書】私の読書遍歴(1)はじめに……「本」についての思い入れ

 このブログでも書いていますが「我が家」は私が物心ついた頃(昭和8年)から戦後昭和23年まで「古本屋」でした。その後「貸本屋」に転業して昭和36年まで営業していました。その間扱った書籍はほとんど「大衆小説」「通俗小説」「月刊娯楽雑誌」「マンガ」といったジャンルです。  「純文学」や「翻訳文学」なども扱っていましたが、いずれにせよ「…
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【海外旅行】1988年天山南路からパミール・ガンダーラ・前半(6/10)

●第4日 9月14日(木)トルファン→コルラ  07:00モーニングコール。08:00朝食。かたいパン・ピーナツ・ジャム・チーズに赤いソース・粥・トマト・玉子。  09:15出発。09:00の予定が、モーニングコールの手違いでEさんが遅れる。コルラまでゴビ砂漠を372キロのバス旅。09:20カレーズとその管理民家の内部見学。…
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【昔と今】言葉

 書き言葉としては、「候文」などが昭和でも使われていたことを先に述べましたが、一般文章としては「歴史的仮名遣い」と「現代かなづかい」(1946年/昭和21年)その改訂版「現代仮名遣い」(1986年/昭和61年)で大きく変わりました。  笑ふ→笑う。考へる→考える。さうして→そうして。見ませう→見ましょう。  学校で習う子たち…
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【昔と今】省庁の変遷

 「内閣」は、行政権を担当する最高の合議体として、国会(立法)、裁判所(司法)と並ぶ憲法上の機関である。各省の長は「大臣」総括するのが「総理大臣」。  明治維新後行われていた「太政官制」から、1885年(明治18年)「太政官達第69号」により「内閣制度」が始まった。  時代と共に省庁の変遷を追ってみました。人名入りにしてみま…
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【海外旅行】南ドイツの旅(妻の書いた旅日記)(6/6)

 空がようやく明けはじめた午前八時、ホテルを出て前の通りを西へ行くと、ブルク門がある。外は崖で行き止まりになっているが、タウバー谷の展望がひらけ、谷をへだてて、ワイングラスの地形をしたこの街のちょうど根元のところにあたる家並みが見渡される。  犬を連れて散歩する人々がいる。たいていの犬が足の短いダックスフントである。私も長年この犬…
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【海外旅行】南ドイツの旅(妻の書いた旅日記)(5/6)

 開くれば二日、空は晴れて……とは言えない空模様であったけれど、何か調子づけてみたいほど、私達ははずんでいた。やっとハーツで車を借り、一国一城の主(あるじ)になった思いでこの街を滑り出したのである。  私は、川が好きである。流れる川にひかれる。ドイツにはドナウがあり、ラインがあるのを楽しみにしていた。しかし ロマンティッシェ街道…
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【海外旅行】南ドイツの旅(妻の書いた旅日記)(4/6)

 薄やみの中で、目がさめた。昨夜はいろいろな事があったが、ともかく無事に元旦の朝を迎えることができた。洗面から帰ってくると、少年達は今は解禁されたとばかり、昨夜のことなのであろうか笑いを交えながら、同室の人にしきりに話しかけていた。母親は私の顔を見ると、手にシーツを持って何か語りかけてきたが、何のことなのか、こちらには通じない。 …
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【海外旅行】南ドイツの旅(妻の書いた旅日記)(3/6)

 そんな時であった。汽車が着いたのかポツリポツリとホールに現れた客の中にひとりリュックを背負った日本の青年がいた。いかにも方々渡り歩いてたとみえる旅なれたいでたちである。  瞬間、私はこれで助かったと思った。こちらにやってくる彼は、すでに泊まる宿もきまっていそうな確かな足どりなのである。なんとか頼みこんで、彼の部屋の床にでもいい、…
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【海外旅行】南ドイツの旅(妻の書いた旅日記)(2/6)

 第一の乗換駅ガルミッシュには三十分程で着いた。ここで一時間半の待ち合わせである。正しくはガルミッシュ・パルテンキルヘン。ミッテンバルトに比べると大きな街である。どうせ一時間以上も待っているのなら宿探しでもをしようという気になってKは早速、駅前のホテルに飛び出していった。私は荷物があるので構内に残った。  駅前のタクシーの運転手は…
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【海外旅行】南ドイツの旅(妻の書いた旅日記)(1/6)

 先に書いた「1974~5年ロマンチック街道旅行記」と同じ旅ですが、妻の書いた旅日記です。 --------------------------------  小さな街だけど、ここから旅が始まる。  わずかに積もっている雪の線路をまたいで駅舎を出ると、まだ午後の六時だというのに、街は夜中のように暗くひっそりとしている。 …
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【海外旅行】1974~5年ロマンチック街道旅行記(6/6)

第11日●1975/01/05(日)パリ→アムス経由→アンカレッジ  朝食の席でA様夫妻に会い、スペインの話を聞く。メトロでまた会い、共にメトロに乗る。彼等はエッフェル塔へ。 私たちは「近代美術館」へ。日曜のため無料。注)Aさん達は「エッフェル」でなく「サン・マルタン運河/北ホテル」のほうへ行かれたそうです。当方記録ミス。 …
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【海外旅行】1974~5年ロマンチック街道旅行記(5/6)

第9日●1975/01/03(金)ローテンブルク→フランクフルト→列車でパリ  朝食後すぐホテルを出る。08:30。ホテル代DM76.00/¥9,500。街の西部にあるブルク門/BURGTOR外を散歩。少女と写真撮影。北部クリンゲン門/KLINGENをあとに09:05。昨日の到着より12km市内走行。  デトヴァンクDETW…
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【海外旅行】1974~5年ロマンチック街道旅行記(4/6)

第7日●1975/01/01(水)ガルミッシュ→アウスブルク  明けて、昭和50年の元日である。残念ながらまだ足(レンタカー)もつかまらないし、ホテルも決まっていない「放浪」の身の上。  コーラ1L/DM1.5/¥188。朝、若者たちに別れを告げ。タクシー/DM8.5/¥1,062で駅へ。絵ハガキ4枚/DM1.20/¥150…
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【海外旅行】1974~5年ロマンチック街道旅行記(3/6)

第6日●1974/12/31(火)ベネチア→インスブルック→ガルミッシュパルテンキルヘン  0600水上タクシー。駅でコーヒー60LIT×2/¥28×2。汽車弁1ヶ1,500LIT/¥690を買う。サンタルチア駅0646発/0700頃夜明け。ベロナ0807着/934号Rapid。昨日買ったのが急行券だけだと判り、車中で乗車券を買わ…
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【海外旅行】1974~5年ロマンチック街道旅行記(2/6)

第4日●1974/12/29(日)パリ滞在→夜行列車でベネチアへ  朝、シャトーランドン(東駅の次)で降りて運河沿いに「北ホテル」を探す。オレンジが見つかり4ヶFF3.70/¥259買う。一度北へ行くが南へ戻り、運河の船のドックを見て、その先に「北ホテル」あり。表は塗り替えてキレイになってしまっている。しかし戸口の傾き側面などはう…
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【海外旅行】1974~5年ロマンチック街道旅行記(1/6)

 1974年12月26日~1975年(昭和50年)1月6日パリ/ベネチア/ロマンティック街道旅行記録  この旅は、夫婦の「海外旅行」の3回目。パリは2回目の訪問。夫47歳、妻48歳。  この頃は、海外旅行では「観光」半分「お買い物」の楽しみが半分でした。輸入雑貨の国内価格は平均して現地価格の3倍でしたから……。コマゴマと買物…
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【昔と今】絵ハガキ

 「ヤフオク」で2000円で落札した「戦前の古はがき」、絵ハガキも10数点ありました。  こんな珍しいのを発見しました。 皇太子裕仁親王(後の昭和天皇)と良子女王(後の香淳皇后)との御大婚は1924年(大正13年)1月26日と判りますので、この絵ハガキはその直後のものと思われます。  説明文は、(摂政宮殿下良子女王殿下御大婚…
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【昔と今】広告ハガキ

 「ヤフオク」で入手した「戦前のはがき200枚」。その中には「企業広告」のはがきもありました。  一番古い資料が、この大正8年の広告です「警報」と書いて目を引こうとしたのでしょう。  見るとカナは一つもなく、まるで漢文ですね。判じ読みです。  調べて見ますと「後年には「日本ノ肥料商中第一人者」と称されるまでになったもの…
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【昔と今】手紙文(候文)

 はがきについて、サイズを調べるため「ヤフオク」で入手したハガキを見てびっくりしたことがあります。  それは、終戦直前の昭和19年でも、改まった通信文は「候(そうろう)文」だったということです。私は昭和2年生まれですが残念ながら候文で手紙を書いた経験がありません。  候文の解説書を読むと「江戸時代は……」とありますが、実態は…
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【昔と今】はがき

 ハガキについては「【昔と今】紙」の項で、サイズについて調べたのですが、現行の規定は、14.0~15.4×9.0~10.7cm、重量2~6グラムの長方形。官製はがきは14.8×10.0cmとなっています。  官製はがきはJIS規格のA6の14.8×10.5cmから幅だけが5mmだけ狭いのです。ハガキは明治からあるようなので、官製は…
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【昔と今】紙

 紙についての思い出は、小学校へ行き始めて、「ハンカチ」「鼻紙」といって常時持っていくことの「しつけ」(タマに検査がある)でズボンのポケット……多分左後ろのポケット……に「ハンカチ」と「鼻紙」を入れていたこと。それから何でも包む紙として「新聞紙」。便所へ行くと「灰色のチリメン紙」の「落とし紙」といったところでしょうか。これは「ティッシュ…
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【昔と今】祝祭日

 これは大まかに言って、戦前戦後で別けられると思います。  私の知っている「戦前」の祝日は「昭和天皇が即位した1927年(昭和2年)に明治節が制定されると、このうち新年宴会(1月5日)を除く4つの祝日(四方節、紀元節、天長節、明治節)を四大節(しだいせつ)と呼んだ。(ウィキペディアより)」と言うことでした。 ●四方節(四方拝…
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【昔と今】ミネラルウォーター

 【昔と今】というカテゴリーですが、戦前は水を買った覚えがありません。水を買うというのは、初のヨーロッパ旅行一九七二年(昭和四七年)の「アテネローマ」からです。アクア・ミネラーレで「ノンガス」と「コンガス」(炭酸ガス入り)の「ミネラルウォーター」です。外国では「水道水の水を飲んでは駄目」といわれ、レストランでもワインに近い値段で「水」を…
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プロフィール

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ろまねこ
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藤井寺
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スケッチ、水彩、
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