テーマ:昔と今

【昔と今】神戸あれこれ(3/3)

 「昭和5年(1930)神戸市名所交通図絵」というモノを入手しました。現物でなく「スキャニング画像データ」をCDに収めたものです。横長なので四分割して東から順に見ていきます。  凡例を拡大しました。  図の右手は縮小表示で大阪が見えますが、中央部分が「灘区」。「ケーブルカー」のところが摩耶山。その左には、三ノ宮の奥の「布引の…
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【昔と今】神戸あれこれ(2/3)

 さて「灘区」へ行ってみましょう。  現在の灘区の町名地図です。  神戸は他の都市に比較して「通り」という「町名」の多いところです。特に灘区は海岸から山裾までずーっと坂の街です。等高線に沿ったような形で横に長く「○○通り」が並んでいます。  赤線を付けた町は私や親族が住んでいたところです。「灘南通」は幼稚園から小学3年…
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【昔と今】神戸あれこれ(1/3)

 物心がついたのが昭和10年頃の「神戸市灘区」。いろいろ出入りがありましたが、大学1年生の昭和22年まで「灘区の水道筋」界隈に育ちました。私にとってはこの地域が「故郷(ふるさと)」です。最近ネットいろいろ神戸の歴史を調べていたら、忘れてしまっていた懐かしい「地名」がチラホラ。ちょっと書いておきたくなりました。 ●神戸(こうべ):大…
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【昔と今】兵庫県の変遷

 神戸市のぞくする兵庫県の変遷を調べました。  現在の兵庫県の区域の「旧国名」は、「淡路」「播磨」「但馬」の3国と、「摂津」「丹波」の一部、それに「美作」と「備前」がホンのかけらだけ入っています。白色の神戸市は西区・垂水区と北区の淡河町(おうごちょう)が播磨国で、須磨区以東は摂津国です。    現在の行政区分は挿絵の通り。…
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【昔と今】神戸市の沿革<増訂>

 灘小学校の歴史を調べていたら、住んでいたところの地名がいろいろでてきて懐かしくなり、チョットその存在の確認と、成り立ち、経過を知りたくなりました。  まずは「神戸市」の成り立ちから...  元町商店街のホームページに「HOME>元町マガジン>夢街道」https://www.kobe-motomachi.or.jp/moto…
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【昔と今】灘小学校の歴史

 私が1年生で小学校へ入ったのは「昭和9年(1934年)」の春4月でした。学校は私の家から見える所です。  神戸市灘区の「灘尋常小学校」です。「西灘」だったか、「尋常高等小学校」だったか、少し記憶が曖昧でした。ただ「幼稚園」のお別れ会の歌で「皆さんこれからどの学校へ、私はこれから灘学校へ〜」と歌った覚えは確かなのですが。阪神国道を…
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【昔と今】日本の地域(番外)私の住んだ都府県市のマーク

 「旧国名」入りの徽章を調べていたら、自分の住んでいたところの「マーク」を確認したくなって、その意味合いや由来を含めて、調べて見ました。住んだ順にいきましょう。 ◎兵庫県  ★県徽章(きしょう):県徽章は、兵庫県の「兵(ひょう)」の字をもとにしてデザインしています(制定:大正10年)。  ★県旗:県旗は、海と若さを表すセルリア…
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【昔と今】日本の地域(8/8)市町村名に見る「旧国名」

 市町村名に旧国名が含まれているの選り出しました。約90。全市町村数が1,741なので、約5%でした。  小さい町なのに「一国」の名前を名乗っている自治体が、多いです。(「奥州市」「羽後市」「伊豆市」などなど42もありました。町村合併で生まれたモノがほとんど、早い者勝ち見たいです。  皆さんなかなか市章町章に凝ったモノがある…
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【昔と今】日本の地域(7/8)駅名に見る「旧国名」

 「駅名」には同一表示を避けるためや、地域を強調するためになどの理由で「旧国名」を頭に付けることが多くおこなわれています。 ●山城・城州・雍州:山城青谷駅、山城多賀駅 ●大和・和州:大和朝倉駅、大和上市駅、大和小泉駅、大和西大寺駅、大和新庄駅、大和高田駅、大和二見駅、大和八木駅。 ●摂津・摂州:摂津駅、摂津市駅、摂津富田駅、摂…
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【昔と今】日本の地域(6/8)旧国名の考察(3/3)山陰道・山陽道・南海道・西海道・北海道

●山陰道:本州日本海側の西部の行政区分。 ◎丹波国 たんば(丹州):京都府中部、兵庫県北東部、大阪府北部。  「丹波篠山」。「丹波栗」。「丹波の黒豆」。 ◎丹後国 たんご(丹州):京都府北部。  713年に丹波国より分立。  「丹後」があって「丹前国」はない。「同等分国」でなく「母国から一部を割いて分割された」形なので、残りは…
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【昔と今】日本の地域(5/8)旧国名の考察(2/3)東山道・北陸道

●東山道:本州内陸部を近江国から陸奥国に貫く行政区分。 ◎近江国おうみ(江州):滋賀県。  琵琶湖周辺。「近淡海(ちかつあはうみ)」が「近江」に短縮された。  「近江朝」:天智天皇、大友皇子、壬申の乱。「近江商人/江州商人」大坂商人、伊勢商人と並ぶ日本三大商人の一つである。「近江肉」。 ◎美濃国 みの(濃州):岐阜県南部。  …
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【昔と今】日本の地域(4/8)旧国名の考察(1/3)畿内・東海道

 「旧国名」について、その変遷と、俗称や挿話、私の記憶にある「関連語」などを交えて記述します。 ●畿内: ◎山城国 やましろ(山州、城州、雍州):京都府南部  7世紀には「山背国」と云われた。奈良の都の「山のうしろ」という意味か?  春、神戸・大阪の八百屋には「山城の朝掘りの筍(たけのこ)」の札が立ちます。  「京域内」を…
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【昔と今】日本の地域(3/8)五畿七道

 旧国名は7世紀から8世紀にかけ、つまり聖徳太子→大化の改新→大宝律令と飛鳥時代から奈良時代初期にかけて「律令」が整備され、701年(大宝元)に制定された大宝律令で、日本国内は国・郡・里の三段階の行政組織に編成された。この時から始まった「国」のことを「令制国(りょうせいこく)」と呼び、明治初年に「廃藩置県」がおこなわれるまで「行政区分」…
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【昔と今】日本の地域(2/8)記紀からはじまる

 国生み神話に由来する国名。 ●『古事記』では、日本を大八島国(おおやしまのくに、オホヤシマノクニ)という。 ※振り仮名は、平仮名が現代仮名遣い、片仮名は歴史的仮名遣で、前者と差異がある場合にのみ表記する。 ●1.淡道之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま、アハヂノホノサワケシマ) - 淡路島。 ●2.伊予之二名島(いよ…
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【昔と今】日本の地域(1/8)近現代の地域区分

 日本国内の地方の名前。都道府県や旧国名、地方名など知っているつもりでも、おやっと思うことがあります。取り敢えず、現在使われている「行政区分」や慣用的に使われている、地方区分を見てみましょう。  都道府県名は明治以降、殆ど変わっていません。  1都1道2府43県、47都道府県とも云います。広域区分名は若干、変遷や異動があるよ…
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【昔と今】サイレン

 「サイレン」というと、まず戦争中の「空襲警報」を思い出します。  もう既に、私の記憶は曖昧なので「ネット」で調べました。あるホームページにこんな記載がありました。 --------------------------------  警報は「警戒警報」と「空襲警報」の二つに分かれる。警戒警報は「三分連続吹鳴」の長いサイレンで、…
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【昔と今】ナンバープレート(2/2)

 最近の話題は「ラグビーワールドカップ記念」「オリンピック・パラリンピック記念」「ご当地」のプレートでしょう。 ●ラグビーワールドカップ特別仕様ナンバープレート  これの特徴は「軽自動車」のコンプレックスだった「黄色」プレートが「ホワイト」になることでしょう。費用は8000〜10,000円弱。廃車になるまで付けていられる。申込期…
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【昔と今】ナンバープレート(1/2)

 言わずもがな「自動車のナンバープレート」です。  戦前の自動車の「ナンバープレート」については、残念ながら「記憶にございません」。ネットで得たモノを転載いさせていただきます。  私の記憶は昭和10年(1935年)前後が、一番古い記憶です。市バス、阪神バス、がありました、タクシーも「円タク」といってましたが未だ子供ですから利…
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【昔と今】ガソリンスタンド

 私は昭和33年から約50年、車を運転していました。当然ガソリンスタンドにはお世話になりました。  当初のガソリンの価格は¥40/リットル。今は¥140位ですか……。  石油の採掘、輸送、精製、販売までの一環した事業を世界で幅広く展開している国際石油資本のことを「石油メジャー」と呼び、かっては「セブンシスターズ」と呼ばれた欧…
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【昔と今】伝染病→感染症

 私達の子供時代には「感染症」といわないで「伝染病」と云っていました。  調べて見ると、過去には「伝染病予防法」という法律があって、1998年(平成10年)10月2日に「感染症法」が制定されたことにより、1999年(平成11年)4月1日に廃止された。……とのことです。いや、意外と最近のことですね。  注)現在、日本において「…
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【昔と今】薬の形態

 私の子供の頃、昭和一桁か10年代は「医者」から貰う薬は、「粉薬」か「水薬(みずぐすり)」でした。  「粉薬」もこのような包みに入っていました。挿絵は「粉薬の包み方」です。 そして「頓服薬」は「キケン」「注意」の意味でしょう、「赤色紙」でした。  戦後も「粉薬」がありましたが、機械を使って包む、このような形になりまし…
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【昔と今】いろは順と五十音順

 先日、「2020年東京オリンピック」の「マスコット」決定に当たって、次の三つの候補から全国の小学生に選んで貰う……との発表があり、それを見て「ビックリ」しました。 何にビックリしたかと言いますと。各候補につけられた「ア」「イ」「ウ」です。私は箇条書きなど、番号付けの場合「1」「2」「3」とか「A」「B」「C」、「イ」「ロ」「ハ…
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【昔と今】新聞について

【旅行記連載中ですがもう一件割り込みです】  日刊新聞については、「親の時代」(神戸市灘区昭和8年頃からの記憶)から「朝日新聞」一辺倒でした。東京小金井にいる現役の間も「朝日新聞」ということで何の抵抗もなくとっていました。新聞といえば「朝日」とアタマに刷り込まれていました。若いときはご多分に漏れず、やや「左傾」ですから、全然違和感…
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【昔と今】おやつ/嗜好品の変遷

 妻は少食ですが、その代わり、おやつを食べる習慣があります。勿論私も「お相伴」します。  ボツボツ思い出して書いてみます。東京の小金井/小平時代は「木村屋のあんぱん」「紀ノ国屋のあんぱん」「追分だんごの串団子(みたらし)」「サンジェルマンのアンドーナツ」「中村屋のかりんとう」「長崎屋のカステラ」、以前チョット触れましたが「吉祥寺の…
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【昔と今】髭剃り

 成人して、朝髭を剃るようになって、髭剃り前に「固形石鹸」を泡立てて顔に塗り、熱くしたタオルで蒸して、髭を剃ったものです。  髭剃りは一時「電気シェーバー」を使った時期もありました。この時は前処理なし。通勤時、運転中に使用したりして便利でした。(危ない!)  1996年(69歳)、ロンドンの「テイラー・オブ・オールドボンドス…
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【昔と今】浴用石鹸

 浴用の石鹸……振り返って見ましょう。  朝の洗顔に「石鹸」を使った覚えはありません。子供の時は水、戦後「瞬間湯沸かし器」というのが出来てお湯で洗っています。今は、良く絞った熱いタオルで拭うだけです。お風呂では「浴用石鹸」でしたが、いつ頃からか「ボディーシャンプー」というのに変わってきていました。  妻は保守的でズッと「固形…
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【昔と今】行きつけのお店(2/2)

【平成元年から平成26年小平マンション時代】  退職して、自由気ままの日々、毎週水曜日に「スケッチ淡彩・網干教室」に通います。家を出て昼食を食べて「お教室」へ。最初のうち、いろんなお店を試していましたが、その内二軒のチェーン店におさまりました。「立川教室」では南口に天ぷら専門チェーン「てんや」。杉並の善福寺公園スケッチ現場には、中…
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【昔と今】行きつけのお店(1/2)

 「行きつけのお店」というのはネットの「実用日本語表現辞典」によりますと……  たびたび訪れて(定期的に通って)いる店、特に店の者と顔なじみになっているものを指す言い方。定食屋や居酒屋といった飲食店について用いられることの多い言い方だが、洋服屋、美容室、カーディーラーといった商業店舗について用いられることも少なくない。  と…
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【昔と今】駐車場

 もう「自動車運転免許証」を返納してしまったので、駐車に心を煩わせることはなくなったのですが……。  昭和33年6月に免許を取って、すぐルノーを買ったのですが、そのときは「車庫証明」なるモノは要りませんでした。調べて見ると根拠法は……昭和37・6・1・法律145号「自動車の保管場所の確保等に関する法律」ということです。  私…
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【昔と今】お風呂

 物心ついた頃(昭和八年・一九三三年)は、古本屋をしていて二階屋でしたが、内風呂はなく「銭湯」通いでした。神戸では「銭湯」といわず「お風呂屋さん」といってました。今のように、蛇口から出る洗い湯はなく、湯船のぐるりに腰掛けられる段があって、手桶で湯船から湯を汲んで身体を洗う方式でした、男湯と女湯を区別する壁に処に「新鮮な湯だまり」があり、…
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プロフィール

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ろまねこ
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出身地:
神戸
居住地:
藤井寺
趣味:
スケッチ、水彩、
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