【海外旅行】1998年ポルトガルスケッチ旅行(12/13)

【第11日】1998年4月24日(金)リスボン→トゥールーズ(フランス) 100エスクード=¥75 フランスフランFF1=¥21

 スケッチ旅行としては最終日。皆さんは日本へ。私共夫婦はフランスへ寄り道。

 4:30、MC。5:30、BO、朝食。6:20出発。6:45空港に。ここで皆さんとお別れ。皆さんは8:15発ロンドン経由、成田へ。早過ぎてチェックイン出来ず、8:10やっとチェックイン。「ポルトガル航空」SH741便フランス・マルセイユ経由トゥルーズ(Toulouse)行き。ゲートの変更があったりして出発10分遅れで、10:15テイクオフ。席は前の方「4A,B」。

 マルセイユ(1時間針を進めて)13:20着、14:00発。14:40トゥルーズ着。

 レンタカーAVIS予約してあったので、ルノー・メガーヌ(Mégane)・ディーゼル、車庫に行ってみると「マニュアル」なので、また戻って「オートマチック」に変更して貰う。結局「ルノー・メガーヌ・セニック(Mégane Scénic)」という「ミニバン」になりました。セダンより背が高い。
メガーヌ・セニック.jpg

 注)当時のヨーロッパのレンタカーはまだ「マニュアルトランスミッション」の時代で「オートマチック」は少なかった。「オートマチック」はアメリカが一番早く(1966年のレンタカーはすべて「オートマチック」)、次いで日本(我が車は1970年代後半には「オートマチック」)。ヨーロッパはこうゆう面でも「保守的」だと感じる。私が免許を取ったときはすべて「マニュアルトランスミッション車」でしたから、クラッチ操作はできないことはありませんが、オートマチックに慣れているので、しょっちゅう「エンスト」させたり、「半クラッチ」走行になります。
 それよりも何よりも帰国して「オートマチック車」に乗り替えたとき、無意識で左足で「クラッチ」と間違えて「ブレーキ」を踏んでしまうことです。すごく危険です。クラッチのつもりで踏みますから力一杯、「急ブレーキ」になってしまうのです。ですから「レンタカー」は少々高くても「オートマチック」にしているのです。

 このことは【【海外旅行】トラブル物語(12)レンタカー関連】https://romaneko.at.webry.info/201704/article_6.htmlで書きました。

 さて、予約してあった空港近くの「ノボテル(Novotel Toulouse Purpan Aeroport hotel)」にチェックイン。部屋に荷物を放り込んで、すぐ市内へ出かける。まず最初にキャッシングで、FF500×2回。この年「サッカーワールドカップ・フランス98」だったので。それ関連のTシャツを、買いまくる。ジャポンの付いたのを一つ。FF139(¥2,919)。その他@FF129×3=FF387(¥8,127)キャッシュで購入。
98ジャポン.jpg

 ホテルへ戻ってからも、売店でTシャツ@FF121×3枚。(ホテル代と共にVISAで支払)みんな親戚友人へのお土産です。何故かこの日「夕食抜き」。
トゥールーズ地図.jpg

【第12日】1998年4月25日(土)トゥールーズ→サン・プランカール フランスフランFF1=¥21

  「サン・プランカールの小母さん」というのは、1986年(昭和61年)暮れに「ほあぐらさん夫妻」と出掛けた「ピレネー・ロマネスクの旅」で元日の朝、ピレネーの北麓の「サン・プランカール」という小さな町(村?)で、ミシュランガイドブック(グリーン)に「ヨハネ礼拝堂の鍵は教会の隣の食料品店が預かっている」とあったので、そこで鍵を借りたのが、きっかけで、写真交換から、文通が続いていました。

 1990年8月、昼食だけ頂くという計画で夫婦でお邪魔しました。その後は「今度は是非泊まりがけでいらっしゃい。食料品店をやめたので、家は広いから是非に」と……。

 これを目標にして、フランス語会話を1997年1月から、週1回60分で2年半通いました。それで今回「ポルトガル写生旅行」の帰りに私たち夫婦だけ、2泊3日サン・プランカールへお邪魔することになった訳です。

 このいきさつも【【海外旅行】フランス語と会話】https://romaneko.at.webry.info/201612/article_16.htmlに詳しく書いてあります。

 6:30朝食。8:00チェックアウト。Tシャツ3枚FF360、宿泊料FF495、朝食FF116、計FF971(¥20,391)ダイナース支払。少し雨模様。少し迷って……

 10:02「アングラ(Angla)家」に到着。挿絵は「アングラ家」。
アングラ家.jpg

 2階の客寝室に案内され、小休止。ここで2泊させて頂く予定。
プランカール部屋.jpg

 11:00居間に降りて、ご家族にご挨拶。お土産(ミッソーニのショール、レインコート赤、ほあぐらさんから「豆屏風」)など渡す。

 13:00昼食。旦那のジャンは先年亡くなられていない。奥さんのアンドレ、息子のポールその子のセドリック、娘のマリー・エレーヌ、その娘エロディ。料理は「フォアグラ、牛肉ロースト、チーズ、ガトー」。つたないフランス語会話で……。

 食後、14:30~17:00休息を取って、アンドレ小母さんと、私達夫婦で車でお墓詣り。
プランカール墓.jpg

 大きな石棺で、「アングラ・ファミリー」とありました。カソリックだから、火葬しないのかな?遺体をそのまま葬るのかな?フランス語でうまく聞けませんでした。

 この後、広場に面した「お店・スパー(SPAR)(この名のコンビにチェーンは土浦にもありました)」でお総菜を買ったりして、私達は「水・エヴィアン」を大2本FF3.7。

 夕食は3人だけで、野菜スープと、昼の残り物でオシマイ。フランス語会話、なかなか難しいです。半分は「筆談」になります。書いて貰えば判ることが耳からは理解出来ないのです。 

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