【昔と今】ナンバープレート(1/2)

 言わずもがな「自動車のナンバープレート」です。

 戦前の自動車の「ナンバープレート」については、残念ながら「記憶にございません」。ネットで得たモノを転載いさせていただきます。

 私の記憶は昭和10年(1935年)前後が、一番古い記憶です。市バス、阪神バス、がありました、タクシーも「円タク」といってましたが未だ子供ですから利用は(勿論親と共に)年に2〜3回程度でした。トラックもありましたが最大で2トン積、まだ「馬力」荷車が多く見掛けられました。自家用車はほとんど無く、医者が往診に「人力車」から「ダットサン」に切り換えつつある時代でした。
岡と京.jpg

兵67のコピー.jpg

 挿絵写真は「オークション」に出されていた物です。下の「兵67」は一つの車両の前後のプレート。なんと¥133,000で落札されたそうです。この頃は「府県名」区別だけで、車種区別は無い。トラック/乗用車/大型/小型/自家用/営業用の区別無しの連番号だったのか?。

 戦後の歴史は「地名がついたのはいつから? 昔のナンバープレート」https://gazoo.com/article/daily/151112.htmlとまとめられたサイトがありましたので、チョットそこから拝借。

●昭和26年以前:東京の車は「地方名」がつかない。番号のみ。兵庫県なら「兵」の字がついた。車種分類番号なし。「東京都自動車鑑札」に字が見える。
●昭和26年以降:数字が黒から緑色に変わる。「1−」は「用途による分類番号」。
戦後1.jpg

●昭和30年:ひらがなの使用始まる。分類番号は上段へ移る、この時点から上下二段表示。やや大きくなり現在と同じサイズ。
●昭和36年:東京都に地域の頭文字が入る、品川→品、足立→足、練馬→練、多摩→多。
●昭和39年:地域名がフルネームに。(現在まで)
戦後2.jpg

 以上は、自家用乗用車のナンバープレート、営業用は緑地に白文字。軽自動車は自家用:黄地に黒文字。営業用:黒地に黄文字。その他省略。
戦後3.jpg

 もっと詳しい「変遷と種類」の図表が見つかりました。「葵工業株式会社」のホームページで「日本自動車標板協議会提供」のものです。説明文字が読めるように3つに分けて転載しました、例のブルーの「外交官用」のも載っています。
http://www.aoii.co.jp/japanese_licenseplate_history.htmlより……
ナンバー1.jpg

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