【昔と今】日本の地域(4/8)旧国名の考察(1/3)畿内・東海道

 「旧国名」について、その変遷と、俗称や挿話、私の記憶にある「関連語」などを交えて記述します。

●畿内:
◎山城国 やましろ(山州、城州、雍州):京都府南部
 7世紀には「山背国」と云われた。奈良の都の「山のうしろ」という意味か?
 春、神戸・大阪の八百屋には「山城の朝掘りの筍(たけのこ)」の札が立ちます。
 「京域内」を「洛中(らくちゅう)」と呼び、域外を「洛外」と呼んだ。
◎大和国 やまと(和州):奈良県
 はじめは「大倭国(やまとのくに)」と云われた。
 「大和・倭(やまと)は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠(やまこも)れる 倭しうるはし」の和歌が「まほろば」の代表的用例として知られる。
 注)まほろばは「素晴らしい場所」「住みやすい場所」という意味の日本の古語。
 「ヤマト王権」。
◎河内国 かわち(河州):大阪府東部。
 生駒山系の西側、南北に細長い、私が今住む「藤井寺」は南河内。
 ★北河内 - 枚方市、交野市、寝屋川市、守口市、門真市、四條畷市、大東市
 ★中河内 - 東大阪市、八尾市、柏原市
 ★南河内 - 松原市、藤井寺市、羽曳野市、富田林市、河内長野市、大阪狭山市、南河内郡太子町・河南町・千早赤阪村
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◎和泉国 いずみ(泉州):大阪府南西部(大和川以南)
  716年に和泉監(いずみのげん)として河内国より分立。740年に河内国に併合されるも、757年に再分立。
 「泉州」といえば「堺」、この地が摂津・河内・和泉の3国の境に位置しているところから「さかい」と呼ばれるようになったとか。
 「堺商人」。「千利休」。「鉄砲鍛冶」。
◎摂津国 せっつ(摂州):大阪府北中部の大半、兵庫県南東部。
 瀬戸内海航路の起点で、淀川・大和川水系との結節点でもある住吉津や難波津。津国(つのくに)→摂津。何度か宮居になった。仁徳天皇・難波高津宮 (なにわのたかつのみや) など。神戸市は西区・垂水区をのぞいて摂津国の西端に位置する。私は神戸市中央区(旧葺合区)の生まれ。
 摂津、河内、和泉を合わせて「摂河泉(せっかせん)」と呼ぶ。

●東海道:畿内から東に伸びる、本州太平洋側の中部を指したもの。三重県から茨城県に至る太平洋沿岸の地方。当初、武蔵国は東山道に属しており、771年に加わったものである。
◎伊賀国いが(伊州):三重県の西部。
 680年(天武天皇9年)に伊勢国から分立。
 「伊賀上野」:忍者の里。「伊賀」は「国」だが、もう一つの忍者「甲賀」は「近江国の郡」。
◎伊勢国いせ(勢州):三重県の西部と南部。
 語源は「伊呂勢(=弟)」であり、出雲の分派としての機能から発達したという説がある。
 「伊勢神宮」の正式名称は「神宮」。主祭神は以下の2柱。
 ★皇大神宮:内宮(ないくう):天照坐皇大御神(あまてらしますすめおおみかみ) 一般には天照大御神として知られる
 ★豊受大神宮:外宮(げくう):豊受大御神(とようけのおおみかみ)。
 「伊勢・松阪牛」。「伊勢エビ」。私の時代、神戸市の小学6年生の修学旅行先(一泊)。(5年生京都、4年生奈良)
◎志摩国しま(志州):三重県の志摩半島部と一部の島々。
 7世紀後半から8世紀初めに伊勢国から分立した。現在は「伊勢・志摩」と合わせて呼ぶことが多い。
 「あわび」「牡蠣」「伊勢エビ」「真珠」と海産物が有名。
◎尾張国おわり(尾州):愛知県西部。
 天火明命を祖神とする尾張氏の本拠。ヤマト王権の天皇家と婚姻関係で結びつく。三種の神器の一つ草薙剣(天叢雲剣)を祀る熱田神宮がある。
 織田信長、豊臣秀吉の出身地。「金のしゃちほこ名古屋城」。「名古屋」は都があったことはないが「中京」と呼ばれる。
 江戸時代は「御三家」の「尾張大納言」。「尾張家」からは将軍が出ていないので「時代小説」では「尾張の陰謀(反将軍家)」などが題材にされる。
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◎三河国みかわ(三州・参州)」:愛知県東部。
 德川家(松平氏)のルーツとされる。東三河、西三河。
 西三河には「トヨタ自動車本社」がある「豊田市」があるが、以前は「挙母(ころも)市」でした。
 注)日本の市で、明確に私的団体に由来する市名を持つのは、この豊田市と宗教都市である天理市(奈良県)のみである。
◎遠江国とおとうみ(遠州):静岡県の大井川以西。
 古くは遠淡海(とほつあはうみ)と表記した。この遠淡海は浜名湖を指す。これは都(大和国)からみて遠くにある淡水湖という意味で、近くにあるのが琵琶湖であり、こちらは近淡海(ちかつあはうみ)で近江国となった。
 「遠州」といえば、広沢虎造の「森の石松」。
 注)「森の石松」は清水次郎長の子分で、浪曲では「遠州森の石松」と聞かされています。
◎駿河国するが(駿州):静岡県中部・北東部(大井川以東)。
 「駿府(すんぷ)」(駿河国府中の略)は今の静岡市であるが、今川氏の居城から、徳川家康(大御所)の居城として有名。
 「駿河茶」。宇治茶、狭山茶とならんで「日本三大茶」とされる。
◎伊豆国いず(豆州):静岡県伊豆半島、東京都伊豆諸島。
 680年に駿河国より分立。
 「伊豆の踊子」川端康成。熱海・修善寺と伊東などの温泉行楽地。伊豆諸島の「八丈島」「三宅島」などは流刑地として著名。
 「伊豆守」は沢山いますが「松平伊豆守信綱」は「智慧伊豆」として有名。
 幕末の「タウンゼント・ハリス」と「唐人お吉」の物語は「伊豆下田」。
 流刑地:源頼朝。
◎甲斐国かい(甲州):山梨県。
 「武田信玄」:「風林火山」。
「甲州金」:武田氏の作った地方通貨であったが、江戸時代になってからも文政年間まで甲府の金座で鋳造されていた。「埋蔵金」伝承。
 江戸時代には「甲州街道」が整備され、「甲斐」は江戸防衛の戦略正面と位置付けられ、享保年間には幕府直轄領化され甲府町方は「甲府勤番」による支配、在方は三分「代官支配」となり、幕末に至った。
◎相模国さがみ(相州):神奈川県の大部分(北東部を除く)。
 鎌倉幕府のあったところ。
 「相州物」「相州鍛冶」。名刀「正宗(まさむね)」
◎武蔵国 むさし(武州):東京都(島嶼部を除く)、埼玉県、神奈川県の一部
 771年、東山道から東海道に所属変更。
 「江戸」も武蔵国のハズですが、時代小説で「武州」といえば「江戸御府内」をのぞき、その北「武蔵三藩」と呼ばれる川越藩、忍藩、岩槻藩のあたりのこと。「武州弁」は田舎弁の代名詞。
◎安房国 あわ(房州、安州):千葉県南部。
 718年に上総国より分立。741年に上総国に併合されるも757年再分立。
 四国の阿波国の天富命が、忌部氏らを率いて黒潮に乗り、房総半島南端に上陸し開拓を進めた。「阿波」の名をとって「安房」と呼ばれたという。
◎上総国 かずさ(総州):千葉県中部。
 よき麻の生きたる土地というところより称したとされる捄国(ふさのくに)から分立した。
◎下総国 しもうさ(総州):千葉県北部、茨城県南西部、埼玉県東辺、東京都東辺(隅田川東岸)
 「江戸」から東や北東は「下総」に、北西には「武州」が隣り合っていた訳です。
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 下総国のほかにも、国の名前に「上」「下」や「前」「後」と付くものがいくつかあるが、いずれも都(近代以前の概念では畿内)に近いほうが「上」「前」と考えられている。上総国と下総国の場合、西国からの移住や開拓が黒潮にのって外房側からはじまり、そのため房総半島の南東側が都に近い上総となり、北西側が下総となった。
 明治初年に下総国葛飾郡は茨城、埼玉、東京、千葉に分割されました。
◎常陸国ひたち(常州):茨城県の大部分。
 「常陸国風土記」。「鹿島神宮」。「鹿島・香取」と云われるが「香取神宮」は下総国。
 徳川御三家の、水戸中納言。水戸光圀(黄門)。
 私は土浦に4年間勤務していたので、懐かしい土地である。

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