【海外旅行】1998年チュニジア8日間(6/11)

◎スベイトラの観光

 ケルアンを後に、バスは南西に進む。早起きだから「モスク2つ/絨毯屋/市内散策」をしても、まだ11時半。

 これから、ローマとビザンチンの遺跡のあるスベイトラ(Sbeitla)まで120キロをひとっ走り。……といっても、車は良いのだが、道路はセンターラインが有ったり無かったりの片側1車線。勿論舗装だがどことなく、うねりがあってスピードは70キロぐらいしか出せない。

 以前からフランス・ドイツからの観光客はあるが、これからは「お金を沢山落としてくれる」アメリカと日本の観光客誘致の体制をとろうとしているとのことだが、まず道路の整備が必要のように感じた。高速道路は首都チュニスから南東に100キロ足らずしか完成していない。

 120キロを途中「サボテン撮影のストップ」を含み約2時間でスベイトラ郊外の「スベイトラ・ホテル」に到着。昼食。
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 前菜はショートパスタ(コンキリエ)。メインは「カムーニァ(Kamounia)」というチュニジア風ビーフシチュー、味は良かったが、めずらしく量が少なく、物足りない感じであった。それほどピリ辛ではなかった。

 ビール小瓶(ブランドは忘れたが、どこでもこれ1種類、ピルゼン風、2ディナール(¥220)。コーラ1.5ディナール(¥170)。

 この町は、市内に入らず、昼食をとったホテルのすぐ先の「遺跡」を見学。長さ1キロ幅500m程の平坦な所に、石材がごろごろ、凱旋門、劇場跡、浴場跡、フォーラム、キリスト教会などが点在している。

 ローマ時代に栄え、ヴァンダルに破壊され、またビザンチンが取り戻して復興した都市遺跡である。

 フォーラムというのは、100m四方の囲いの中に屋根付き回廊(今は破壊されて青天井)があり、正面に3つの神殿が並んでいる。ギリシャ・ローマ神殿で、一つの囲いの中に3つも神殿があるのは「珍しい」こと。中央が「ジュピター」左右に「ジュノー」と「ミネルヴァ」である。勿論今は「神像」はない。
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 ビザンチン教会跡の、ローマンモザイクで繊細に装飾された「洗礼盤・・・というより洗礼浴槽」は見事であった。
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 また別の、ローマ時代の住居跡に建てられた「教会」が、その住宅の「水瓶」を「洗礼盤」に流用しているというのも興味深かった。


◎トズールへ向けて更に南下

 スベイトラの遺跡前の売店で「ミネラルウオータ(現地製・ブランドは「サブリナ」だったと思う、これが1番だとか)」1リットルボトルで1ディナール(¥110)2本購入。日本から持ってきた「アルプスの水」500mlボトルに詰め替えて携帯。

 最近は、現地についてすぐ「ミネラル」が入手できないと困るので、日本から500mlを「機内持込み」で2本持参することにしている。

 16時、これから200キロ南のオアシスの町「トズール(Tozeur)」に向けて出発。
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 途中、平行して走る鉄道。このあたりの特産「リン鉱石」あるいは「リン酸肥料」を運ぶ為のもので、フランス領時代に敷設され、今も生きている。

 農地も、フランス時代は殆どフランス人の「大地主」のもと「現地人」が労働者または小作人として働いていたというが、独立後は農地改革で国民に与えられ、今では、チュニジア国籍のものしか農業に従事出来ないそうである。

 中間点の都市「ガフサ(Gafsa)」のホテルでトイレを借りる。この旅行での問題のひとつは、トイレであった。トイレそのものはそれほど不潔ではなかったし、水洗ではあるが、アラブの習慣として「紙」を使わず、水で洗う方式なのでトイレット・ペーパーは持参しなければならない(特に女性)。(ただし、我々の泊まった高級ホテル?のトイレでは紙があった)

 それと、何といっても35名、しかも大半が女性なので、トイレは常に列を作ることになり、男性が終われば男性トイレも使うといった状態で、当然時間ロスも多かった。

 挿絵は「ガフサ」で見掛けた「ロバに乗る人」。
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 南へ進むにつれて、砂漠地帯になる。……といっても、砂山が連なる「砂砂漠」ではなく、雑草類がマバラに生えている「岩石砂漠」であるが。そして、「ナツメヤシ」が固まって生えているところは、水源などのある「オアシス」なのだ。

 18時……「砂漠の日没」の写真撮影で、バスを停めてくれたが、アッという間に沈んでしまい、殆どの人が撮れなかったようだ。
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 退屈凌ぎに「ガイドさん」が「サハラの歌」を歌ってくれた。添乗員が歌詞を翻訳してくれたが「愛の歌」で、哀調のあるメロディーだった。

 明朝「現地旅行社」のサービスで「動物園」に行くことになっているが、途中馬車で「オアシス」の中を抜けて行く「オプショナル」の「お誘い」がある。

 「動物園」へはバスで行けるのだが、「オアシス」の中は道が狭くて通れない。そこで4人乗りの馬車で、一人10ディナール(¥1,200)で「オプショナル」を募集ということ。

 結局35名中、24名参加。

 動物園は「現地旅行社のサービス」、そこへ行く途中は「オプショナルの馬車」……と、ナカナカうまいお膳立てだ。(^_^)

 「トズール」のホテルへの到着は19時15分。まだ少し明りが残っている。薄暮というところか、「ホテル・ダルシェレート(Dar Cherait)」★★★★★。

 1階サロンでは、おじさん2人、太鼓と琵琶のような楽器の演奏をしていた。

 夕食は20時15分、例によってビュフェスタイル。大豆の煮物が美味しかった。赤ワイン(フルサイズ)16ディナール(¥1,800)。

 旅行中のワインは、赤白ともチュニジア産で、銘柄は2~3種類を飲んだが、いずれもサッパリして食事用としては合格の味であった。

 食事終了22時。就寝23時。なかなかのハードスケジュールである。

2月13日(金)の項終了。

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