【海外旅行】1998年チュニジア8日間(1/11)

◎序章:なぜ今「チュニジア旅行」?

 以前からフアンである塩野七生さんが、1992年から2006年まで毎年1冊づつ書き下ろしというかたちで「ローマ人の物語」というのを出し始められ、とても最後までお付合い出来るかどうかと危ぶみながら、毎年秋の出版を心待ちにしている。

 その第2巻が「ハンニバル戦記」と題して、ローマとカルタゴの「ポエニ戦争」をいきいきと叙述してあって、私達夫婦して、もう跡形も無いといわれているけれど、一度「カルタゴ」の地・・・現「チュニジア」を訪れたいものだ、と語り合っていた。
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 ところが、昨年「さる旅行社のお誘い」で「レバノン、シリア、ヨルダン」に行く機会があった。

 そのレバノンが、昔はフェニキア人の国であり、その地方都市「ティール」から、紀元前814年に、王権闘争に敗れた王女「ディド/エリッサ」が「カルタゴ」に植民したという伝説があることを知り、ますます「チュニジア」にあこがれることになった。

 注)グリーンがアラブ諸国。ピンクが「チュニジア」。
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 昨年末「ハワイ」から帰って、年末年始はおとなしくしていたが、「お絵かき」の友達から、4月に「ポルトガル旅行」に誘われ、参加することに決まった。で、ちょっと「隙間」があるので・・・(^_^)

 沖縄にでも行こうか、などとパンフレットを取り寄せたりしていたところ、ある日ひょっと新聞で、この「チュニジア紀行8日間」を見つけ、私達としては「超」短い旅行だが、こんなのも一度経験してみようということになった次第。

 JTBの通販・海外旅行『旅物語』での8日間の旅である。35人という大勢を、ベテラン添乗員(女性)ひとりで世話をする「格安短期旅行」。

 とにかく¥175,000で一週間、アフリカの「名将ハンニバルの故国カルタゴの地・チュニジア」を、3食付で観光させてもらえるというのだから、少々のことは我慢しなければなるまい・・・と思って参加したのだが、まずまず合格点の旅行であった。

 挿絵は、旅行写真アルバムの第1ページです。白壁に明るい「ブルー」の扉が特徴的。この地は長くフランス領だったので、フランス語表記にしました。
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 2ページ目の日程地図です。地名などアルファベットの「インレタ」貼り付けなので、フランス語表記。
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 février=2月。AVION=航空機。CHEZ-MOI=自宅。mer=水曜、jeu=木曜、ven=金曜、sam=土曜、dim=日曜、lun=月曜、mar=火曜。Lieu de Séjour=滞在地。Lieu d'autre=その他の地。

 大手だけあって、ホテルはその地での最高級のホテル、添乗員も現地ガイドもなかなか熱心で良い人たちであった……と誉め言葉が先行したが、8日間という中に盛沢山のスケジュールは、我々年配者にはやや厳しいものがあったしもう少し自由行動の時間が欲しかったが、それは無理な注文というものだろう。

 この期間と値段は、結局熟年から若いOLまで幅広い年齢層の人々を集めている。OLが10人前後、若い男性が3名、中高年夫婦が7組くらい、あとは中年女性と母娘連れといった構成である。

 エジプトが先般来のテロ事件で当分駄目な中、今モロッコとチュニジアが静かなブームのようだ。

ではいよいよ、次から出発です……

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