【海外旅行】1997年レバノン・シリヤ・ヨルダン旅(14/15)

■第13日:4月15日(火)ワディ・ムーサ→ワディ・ラム→アカバ→アンマン

 「ヨルダン」も今夜でお別れだ。

 「ペトラ」近郊の「ワディ・ムーサ」のホテルを8時出発。南へ。すぐの右手の山の上の白いものは、「モーゼ」の兄「アロン」の墓。

 今日も、ときどき「砂嵐」が来て視界50m位になってしまう。4、5、6月がシーズンとか、「カメラ、特にムービー」は注意といわれたが、一時的にビニールでくるんだくらいでイイのか知らん。

 メインルートから少し東に逸れて、行先は「ワディ・ラム(Wadi Rum)」。このあたりは「ペトラ」を囲んだ「岩山」と同じての「山」が砂漠の中にポコポコ立ち並ぶ、奇景である。

 第一次大戦で活躍したイギリス将校ロレンスをモデルにした「映画」《アラビアのロレンス》の撮影はこのあたり、ということで列車線路脇でちょっと写真をとる。

 岩山の間を入っていくと、「ベドウイン」のテントがあり、そこで「トイレ休憩」お茶をご馳走になったり、観光用のラクダに乗ったりして、そこから引き返す。このさきを「四駆」で入ると期待していたのだが、ちょっとガッカリ。
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 さて、バスは最後の「観光地・アカバ(Aqaba)」ヘと向かう。

 ここは「エジプトのシナイ半島」と「アラビア半島」の間の付け根にある「アカバ湾」のその最奥にある「港町」。ヨルダンとしては、唯一海に接するところであり、インド洋から東洋へ抜ける重要なポイントである。
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 すぐとなりに「イスラエルのエイラット」があり、さらにすぐその先は「エジプト領」である。そんな厳しい環境にありながら、町は「リゾート」として、どこまでも明るい。ダイビングの名所でもあるようだ。

 我々は、底にガラスをはめ込んだ「グラスボート」(10人乗れば一杯の小さな舟)で1時間近く湾内観光と水中観光と洒落込んだが、「珊瑚」も「魚」もさっぱり冴えず、期待外れ。

 13時から「魚専門レストラン」で「魚のグリル」。ビールは$3。

 予定では「アカバ」から22時の飛行機で「アンマン」に戻ることになっていたが、急に航空便のスケジュールが変更になって「朝一便だけ」になってしまったので、急遽「バス」で地上を300キロ戻ることになった。
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 ま、ガラガラのバスだから、そんなに苦にならない。航空便より確実だろう。

 バスは「デザート・ハイウエイ」をひた走りに北へ。途中往路と同じドライブインでトイレ休憩。もう殆ど最後のチャンスということで、またまた「お土産」を買い込む人が多い。

 アンマンに後50キロ位の地点で、西に折れ、「キングス……」の狭い路を北上。ゆっくり走っていると思ったら。

 あった、あった。「ブラック・アイリス」が道端のあちこちに少しだが。

 この花は「ヨルダンの国花」。日本の「ヨルダン大使館(観光局はない)」で「今頃が開花期」と聞いて来られた方がいて、早くから「見たい」との要望が出されていたのだ。

 そんなに何処にでも咲いているというわけでなく「現地ガイド」が以前このへんで見掛けたことがあって、ちょっと寄り道して探し当ててくれたのだ。

 歓声をあげながら、バスを降りて、あたりを見回す。数株ずつが、あちこちに見られるが、しおれてしまったのや、未だ固い蕾のが多い。そのうち向こうの方で「あったわよ~」の声、駆けよって写真をパチパチ。私は寝転がって、水平線を入れて苦心の撮影。(帰国後、焼き増して皆さんに差し上げた)
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 アイリスは日本でも最近「ジャーマン・アイリス」などを中心に、人気のある「花」だそうだ。でも、こんな「真っ黒」なのは見たことがないとか。そして「砂漠」の風に適応してか「背丈がせいぜい20cm位」と珍しいものである。

 花は2~3日でしぼんでしまうとのこと。それでなかなか「咲いているのが」見つからないんだ。

 最後に良いモノを見せてもらったと、一同感激、「ガイド」に感謝。

 アンマンで「中華料理」の夕食。アンマン空港着、21時30分。

 日付が変って、4月16日(水)0時45分発KLMでオランダ・アムステルダムへ……。

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