【海外旅行】1994年ジャワ島7日間(4/9)

【第3日】1994年(平成4年)12月31日(土)ジョクジャカルタ滞在(ディエン高原観光) 100ルピア=\5

 120キロ離れたディエン高原にある「ヒンドゥー遺跡」への一日である。定刻7:00、白い三菱コルトでホテル出発、途中ガソリンスタンドでトイレ休憩。
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 ここで、ほんの一口くらいの大きさの「揚げ豆腐のようなもの」を数個ラップしたものを、立ち売りのお兄さんから買って食べた。少し味が付いているようだが、添えられた「セレベス唐辛子?」(長さ3センチ位の小振りもの)がぴりっとして、とても美味。(100ルピア:5円)
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 行楽地の屋台店で同じようなものをよく見掛けた。おやつの定番らしい。

注)今ネットで調べたら「豆腐クリスピー(Tahu Krispy)」というらしい。「セレベス唐辛子」というのは見つかりませんでした。

 昨日のボロブドゥールの近くを通り過ぎ、30分毎位に町に入り、また出て行く。よく整備された道を内陸部に入って行く……道端には何処の国でも同じ、果物などを売っている。今日は大晦日だが、車の中から見る限りでは何の変化も見られない。ここも旧正月の方が盛んらしい。

 田んぼや茶畑の間を車は走る。雲か霧かの間から街が下の方に見えてくる。だいぶ上がってきたようだ。高原だから昨日ほどの暑さではない筈。ガイドブックには、夜は冷えるからセーターを、とあったが昼間はさすがに必要ない。海抜2,200mというから、結構上がってきたわけだ。
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11:30、やっと到着。山の中の盆地のようなところで、石造の廟が点在する静かなたたずまいを想像してきたのだが……どっこい、年末だからか、日本人客は見当たらないが、西洋人、現地の人達が結構大勢ぞろぞろ。

 露店も出て大賑わい。大きな五色のテント張りの舞台では赤い衣装を着けて踊りをやっている、べつにお金を取ってるようにも見受けられなかったが・・
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 来ている人達は、みんなヒンドゥー教の人達かというと、全くそんなではなく、だれひとりとして拝んでいる人はいなかった。完全にピクニックという感じ。

 茶畑と休耕地のような原っぱに、所々崩れ傷んだ石造りのお堂が約100m程の間にぽつぽつ5つばかりあって、また500m程離れたところに1つ、というような具合である。

 ここは、7世紀末から8世紀にかけて建てられたものといわれている。内部は空っぽ、外壁に残る彫刻がお目当てだが……所々に残る彫像も相当傷んでおり、シヴァ神とその眷族だと思うが、何様かは定かでない。

 屋根の部分には四方に沢山、龕に入った頭のレリーフがある。これは本尊のシバ神が四方八方へ光を放っていることを表わしているそうな。ま、感激する程のものではなかったね。
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 面白いのは、ほとんどの建物の入口や窓の上に、魔除けだといわれる人面の口から上の部分が立派に彫られていることだ。閻魔様のような顔で、結局入口そのものがこの人面の大きく開いた口になっているのだろう。

柴を苅って担いでいる人、草を一杯担いでいる農夫、三角の笠(帽子)が「東南アジア」を感じさせます。
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 露店では、節目のきれいな木製の花瓶に香りのいいドライフラワーなど売っていたが、植物検疫で没収されると馬鹿らしいので、見るだけにとどめた。

 ヒンドゥー遺跡から車で5分程のところに、温泉が噴き出すところがある。

 谷間のあちこちから湯煙が上り、あるところでは湯泥がぐつぐつと煮えたぎっている。、どこかに適当な温度の露天風呂が無いかとガイドさんに聞いてみたが、残念ながら無いようだ・・・(これは温泉とは言わないのかな?湯壷?噴泉?)

【第3日】1994年(平成4年)12月31日(土)未完

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