88歳:昭和/平成の思い出をつづる

アクセスカウンタ

zoom RSS 【海外旅行】聖地イスラエル一周の旅日記(7/7)

<<   作成日時 : 2017/05/09 08:31   >>

ナイス ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 0

【第6日】1987/8/4(火)エルサレム滞在のつづき

★ティシュア・ベ・アーヴ(ユダヤ暦のアーヴ月の9日)
 この日はユダヤ人にとって「神殿破壊」の「嘆きの日」である。偶然にも我々のエルサレム滞在の8月4日が、この日に当たっていた。ソロモンの建てた「第一神殿」が紀元前586年にバビロンの王ネブカドネツァルにより破壊された日であり、そしてまた、捕囚より帰還後ゼルバベルの指揮により再検された「第二神殿」がヘロデ大王によって大改修されていたが、紀元70年ローマ軍によって再び破壊された日である。挿絵は「正装したユダヤ人男性」
画像

★嘆きの壁(西の壁)Wailing Wall(Western Wall)
 ユダヤ教の聖地として有名な壁。テンプル地区の西南にある。第二神殿時代(紀元前516〜紀元70年)はヘロデ大王の神殿を取り巻く城壁の一部であったといわれている。いつ訪れても、壁に向かって祈るユダヤ教徒たちの姿が絶えることはない。祈祷所は男女別々に分かれている。
画像

 挿絵は「西の壁の前に座り込んで祈る男たち」。
画像

★イスラムの祭
 8月4日はまた、イスラム暦の「アブラハムがわが子イサク(イスラムではアラブ人の祖とされているイシュマエルをあてている)を神への捧げ物としようとした日」のお祭りの日であった。ユダヤ神殿跡にたてられた「黄金のドーム」(別名:岩のドーム・オマールモスク)の真ん中にある岩がその場所とされ、またマホメットが天使ガブリエルの先導で昇天した所とされており、イスラム教の聖地になっている。ユダヤ暦とイスラム暦は関係がないので、今日祭が重なったのは全くの偶然である。この日はイスラム教徒だけしかドームには入れない。その入口で「神殿再建」を訴えるユダヤ人のデモがあり、宗教対立を実感した。

★旧市街
 16世紀にオスマントルコのスレイマン大帝によって築かれた城壁が旧市街を取り囲んでいる。周囲8キロのこの城壁には、西のヤッフォ門、北のダマスカス門、ヘロデ門など8つも門を持つ。現在は東の黄金門だけが閉ざされているが、他の門からの出入りは自由だ。旧市街は、キリスト教地区、アラブ地区、ユダヤ地区、アルメニア地区と4っつの異なった宗教地区と、岩のドームを持つテンプル地区とに分かれている。それぞれの地区ごとに雰囲気が異なるので、是非見学したい。道幅が狭いので徒歩で見学することになる。

★園の墓Garden Tomb
 
百年ほど前、イギリスのゴルゴン卿がこの岩山を見て、こここそイエスが十字架に架けられたゴルゴだの丘に違いないと考え、資金を募りこの土地を買い求め、発掘したところ、墓や大きな屋敷跡が見つかった。プロテスタントの管理になっており、無料公開されている。
画像

★ヴィア・ドロローサ(苦難の道)Via Dolorosa
 イエス・キリストがローマ総督ピラトの法廷で判決を下され、重い十字架を背負ってゴルゴダの丘まで歩いた道。イエスが苦痛に耐えかねて立ち止まったと思われるところに第1留から第9留まで番号がついている。現在は道の両側はバザールになっており、大変賑やかな通り。なお第10留から第14留は聖墳墓教会の中にある。
◎第1留 −ピラトに裁かれる−
◎第2留 −有罪に定められ、鞭で打たれる−(鞭打ちの教会・有罪判決の教会)
◎第3留 −最初に倒れた場所−
◎第4留 −悲しむ母マリアと出会う−
◎第5留 −キレネ人シモンがイエスを助ける−
◎第6留 −ヴェロニカがイエスの顔を拭く−
◎第7留 −二度目に倒れた場所−
◎第8留 −イエスがエルサレムの婦人たちに語りかける−
◎第9留 −三度目に倒れた場所−
◎第10留 −衣服を剥ぎ取られる−
◎第11留 −十字架が立てられる−
◎第12留 −イエスの死−
◎第13留 −十字架の下の母マリア−
◎第14留 −イエスの墓−
画像

★ヴェロニカVeronica
 ヴェロニカはエルサレムの敬虔な女性であった。彼女は、十字架を背負いゴルゴタの丘へと歩くキリストを憐れみ、額の汗を拭くよう自身の身につけていたヴェールを差し出した。キリストは彼女の申し出を受けて汗を拭き、ヴェールを彼女へ返した。すると、奇跡が起こった。ヴェールには、キリストの顔が浮かび上がっていたのである。

★聖墳墓教会Church of the Holy Sepulcher
 かってはローマ人たちが刑場として使っていたゴルゴダの丘だったところ。教会の礎石はキリスト教を公認したコンスタンチヌス帝によって築かれたが、何回もの戦乱で破壊された。現在の建物は十字軍によって増築されたものが土台になっている。教会内に入り急な階段を上がると、イエスが十字架に架けられた第11留があり、続いてイエスが息を引き取った第12留になっており、イエスが十字架から下ろされたところが第13留。そこには聖母マリアの胸像が置かれている。さらに奥に進むと第14留、イエスの墓となっている。この教会内にはローマ・カトリック教会、アルメニア教会、ギリシャ正教会、コプト教会など六つの教会がそれぞれ礼拝所を設けている。
画像

 歌と踊りのナイトショー
画像

 スーベニール「トーラー(律法の書)をもつユダヤ教徒」(陶器人形)
画像

【第7日】1987/8/5(水)エルサレム→テルアビブ→パリ→コペン→アンカレ

 03:00モーニングコール。03:30荷物だし。04:00バスにて出発→05:00テルアビブ空港。厳重な手荷物チェック。空港ショップで「ヨーロッパ地図」$15。シガレット$11.5。ワイン$8×2。パキスタン製マット$200。07:00出発TWA861便ロス行き→10:40パリ着。13:00発SK564便→コペン乗り換え。SK989便→アンカレ。ラコステセーター$39×3(男2、女1)。ビタミンE$11.5×2。マイルドセブン$8.5×2。

【第8日】1987/8/6(木)アンカレ→成田→会社(三鷹)→自宅。

 03:30アンカレ発→16:00成田着。17:00車で→会社(三鷹)→22:00自宅帰着。

 お土産の「玄関マット」を機中に忘れ、後日SASから宅急便で届けて貰った。

 以上、当時のメモと、写真アルバムをたよりに、旅日記を再構成しました。お付き合い有難うございました。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 5
ナイス ナイス ナイス
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
【海外旅行】聖地イスラエル一周の旅日記(7/7) 88歳:昭和/平成の思い出をつづる/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる