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zoom RSS 【海外旅行】聖地イスラエル一周の旅日記(4/7)

<<   作成日時 : 2017/05/03 10:41   >>

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【第4日】1987/8/2(日)ティベリア→ガリラヤ湖→ジェリコ→クムラン→エインボケック

 06:30モーニングコール。07:00朝食。07:45出発。08:00カペナウム号にて、ガリラヤ湖を渡り、カペナウムへ。
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◆マタイ福音書から「パンと魚の奇跡」
 群衆には草の上に座るようにお命じになった。そして、五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお渡しになった。弟子たちはそのパンを群衆に与えた。すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二の籠いっぱいになった。食べた人は、女と子供を別にして、男が五千人ほどであった。
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●カペナウムCAPERNAUM
 ガリラヤ湖北端にある町。昔から交易の中心地として栄えた。また「新約」にはイエスがこの町を第二の故郷都市、さまざまな奇跡を行ったことが書かれている。

◆マルコ福音書から「カペナウムの説法」
 一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。挿絵はビザンツ時代の「シナゴーグ」(会堂)跡。
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◆マタイ福音書から「山上の垂訓」
 イエスはこの群衆を見て、山に登られた。腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た。そこで、イエスは口を開き、教えられた。「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。柔和な人々は、幸いである、その人たちは地を受け継ぐ。義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる。憐れみ深い人々は、幸いである、その人たちは憐れみを受ける。心の清い人々は、幸いである、その人たちは神を見る。平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」……。

 カペナウムの丘の上にはキレイな「山上垂訓教会」がありました。
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 カペナウムをあとに、バスでガリラヤ湖西岸に沿って南下。ゲネサレの野にある「キブツ」を見学。ここは、1930年に他のキブツから別れ始められた。1937年やっと木造家屋が造られた。今は約500人が住む標準的なキブツである。集会所・食堂などを見学し、ビール・コーラを飲んで休息。

●キブツ
 ヘブライ語で「集団」の意味。イスラエル独特の「共産制共同組織」である。1909年に始まったこの共同体は今日では(1987年当時)およそ255ヶ所、11万人のユダヤ人が参加している。総人口の3%と少ないが社会的・経済的な影響は大きい。◎生産的自力労働 ◎集団責任 ◎身分平等 ◎機会均等 の4大原則のもとに集団生活を営んでいる。女性は「炊事・洗濯・育児」から開放され、それぞれ能力に応じて働く。

 挿絵はキブツ「ノフ・ギノサール」の夫婦住宅。
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 キブツ見学のあと、バスでガリラヤ湖西岸をさらに南下。昨日泊まったティベリアの町を通り抜け、ヨルダン川に沿って南下を続ける。ヨルダン川沿いには、鉄条網が張りめぐらされ、川には近づけない。谷の向こう側はヨルダン領。戦時下であることが実感される。「ベテシャン」を通り「エリコ」に向かう。挿絵は「一弦琴を弾くアラブの人。
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●ベテシャンBET SHEAN
 ティベリアから車で30分ヨルダン渓谷を南下したところにある町。エジプトへの隊商路にあったことから、古代から軍事・経済上重要な地点となっていた。ベイトは「家」シャンは「休息」の意味。見どころは町外れの「ローマ時代の円形劇場」。イスラエルに残る円形劇場の中で一番保存が良いとされている。町の近くには「サウル王」がペリシテ人と戦った「ギルボア山」がある。
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●エリコJEROCHO
 ヨルダン川が死海に曲がれコム近くにある。ここは1万年以上も前から人が済んでいたといわれ、世界最古の町としても知られている。「旧約」時代には「しゅろの町」と呼ばれた。いまから3000年前、モーゼに率いられてエジプトを出たユダヤ人は、待望の「カナン」の地に入った。そこでヨシュアに率いられ、最初に攻め込んだのがこのエリコの町。有名な「エリコの戦い」である。見どころとしてはエリコの郊外にある1万年前の住居跡が残る「テル・エッスルタン」。またこの丘からは、果物が豊に実るエリコの町が一望の下に見渡せる。挿絵は「テル・エッスルタン」古代の町の城壁。
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 エリコを13:20に出て南へ。ヨルダン川沿岸はどこも殆ど砂山と石ころの砂漠。所々植林で緑が見られるのみ。ヨルダン側の軍事施設も望見出来る。クムランの遺跡では共同生活に使った導水路や水だめの岩穴などが残っている。トランプカード6シェケル。クムランから南に死海に沿って約30キロ、死海のほぼ中央「エン・ゲディ」(子山羊の泉)に温泉と海水浴場があり、ここで15:00から約1時間半のストップ。死海に浮いてみることにする。

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●クムランQUMRAN
 死海の西北角にある遺跡。「死海写本」の発見された場所として有名。この地に人が住み始めたのは、紀元前8世紀頃からである。紀元前2世紀の終わり頃になって、エッセネ派と呼ばれるユダヤ教の一派がここで共同生活を始めた。この一派が書き写した「聖書の写本」が「死海写本」と呼ばれるもので、1947年羊飼いの少年によって偶然発見された。挿絵はその4号洞窟。
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 挿絵は上向きに浮いている妻。沖に「塩の柱」が見える。遠浅。口に入ると塩辛いというより苦い、目にはいると大変。シャワーまで走ることになる。
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 エン・ゲディ1人6.5シェケル。16:30に出て「エン・ボケック」のモーリヤホテルに17:00着。下着の洗濯のあと海岸へ散歩に出掛ける。食前にビール(4シェケル)J&B(7.5シェケル)コーラ(2.2シェケル)。19:00,OさんとEさんと同じテーブル。オードブルにカレー風味の肉団子、スープ、白身の魚のムニエル、ケーキ、コーヒー、20:30終了。23:00就寝。

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